196カ国の料理を知るシェフが「世界」を「お弁当」にするとこうなった

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これっくらいの、おべんとばっこに、おにぎりおにぎりちょいと詰めて……♪

と、童謡に歌われるように、「お弁当」は日本の文化といわれます。

たとえば、美食の国とも呼ばれるイタリアにもお弁当文化というものはなく、むしろその食文化が「箱に収まったフルコース・BENTO」として近年注目が集まってきているようです(『美食の国・イタリアの弁当が「手抜き」なのはなぜなのか』より)。今回の企画のきっかけは、こちらの記事で、Instagramのある投稿を見たことでした。

 

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Marianna 🗻さん(@biancorossogiappone)がシェアした投稿

こ、これは……?

イタリア風のお弁当です。ご飯の代わりにグリーンピースパスタを詰めました。それから、サラダと黒オリーブとチーズも加えました。あっ! 鳥ののグリッシーニもありますよ!♪グリッシーニは細長い棒状の乾パンです。デザートはトリノのジャンデゥヨッティです!トリノ産の軟らかくて小さいチョコレートです。(投稿文より)

イタリア料理をお弁当にしたのか!

ひと箱の中に食文化が詰められていておもしろい。二段だけど。なお、このお弁当をつくられた投稿主はイタリア人女性のようでした(日本語めちゃくちゃネイティブクラスでしたが)。そこで思った、これって、世界各国の料理もまた「お弁当化」することができるのではないか……!?

と、思うまではいいものの、私自身はレシピはもちろん、お弁当もつくった経験がございません。実現できる方、だれかいないか……すると! 縁あって! 「適任者すぎるのでは!?」という方にご協力いただけることになりました。その方は、「世界の料理」のプロフェッショナル……。

本山尚義さんです!

 

「世界の料理のプロ」にお弁当をつくってもらおう!

本山尚義(もとやま なおよし):「世界の料理で世界を平和にする」をテーマに、食を通して世の中のさまざまな問題(難民や飢餓、災害など)を伝える料理人。日本で、フランス料理、地中海料理、インド料理、各国料理の経験を積んだ後、30カ国の厨房で味修行。1999年に世界の料理とお酒をテーマにしたレストラン『世界のごちそう・パレルモ』をオープン。2010年には『世界のごちそうアースマラソン』をスタート、2週間ごとにメニューを替え、2年間で195カ国の料理を提供するという前代未聞のイベントを成し遂げた。

現在の活動は、『世界のごちそう博物館』というレトルト製造&販売事業が中心。

2016年6月には世界的カンファレンスの神戸版『TEDxKOBE』にも登壇され、

著書『全196カ国おうちで作れる世界のレシピ』は、レシピ本としては異例とも言える3万部の大ヒット! 2018年に行われた『料理レシピ本大賞』では特別選考委員賞を受賞されました。

 

おぉ…!

正直、予想を越えるプロフェッショナルの登場で恐縮しております……。

 

水嶋

よ、よろしくお願いします!(緊張)


本山さん

よろしくお願いします。お弁当化は、ちょうど自分でもやってみたかったのですよ


水嶋

え、そうなんですか! お願いしてよかった……

 

さて、その気になれば計196カ国の料理をつくれる本山さんですが、そうすると『世界のごちそうアースマラソン』(前述)の第二幕がはじまってしまいます。ということで今回は、本山さんと相談した上で、「世界的にも有名なジャンル」「世界各地に分散している」「なによりお弁当になった姿を見てみたい!」という理由から、お弁当にする料理として、こちらの5カ国を絞り込みました。

タイインドフランスブラジルスペイン、これら五カ国の料理は比較的イメージのしやすいものではないでしょうか。さて、そんな「世界の料理」たち。本山さんの手によって一体どのような「お弁当」として生まれ変わったのでしょうか? それでは、本山さんによるおかずの味や歴史について紹介コメントと、またご自身の味修行時代の秘蔵の写真(!?)とともにご覧ください。

では、どうぞ! ご賞「見」あれ!

 

タイ料理~イサーンの風香る、屋台メシ弁当~

・ガイヤーン(タイ風ローストチキン)
・トートマンプラー(タイ風さつま揚げ)
・ソムタム(青パパイヤのサラダ)⇒ソムタム風人参のサラダ
・カオパックン(タイ風海老焼き飯)

水嶋

えっ、これタイ料理ですか!?


本山さん

はい!


水嶋

すごい……お弁当になると、想像以上に和食に見えるもんだ

パクチー以外、思っている以上に日本のお弁当に「擬態」している……!

本山さんの「タイ料理」のお弁当紹介

本山さん

タイの料理は中国や周辺国の影響を受けていますが、甘い、辛い、酸っぱいという3つの味のバランスがうまく取れているのも、ひとつの特徴です。このお弁当に入っている、ガイヤーン、ソムタム風人参のサラダは、政治、経済的に冷遇されていた、イサーン(タイの東北部)の料理。貧しい地域なので、一般的にコオロギ、タガメ、イナゴ等も食料にします。カオパックンというチャーハンは、中国の影響を受けた料理ではありますが、伝統的というよりも比較的新しい食文化だと言われています。トートマンプラーは日本でいう「はんぺん」、ハーブを加えた魚の練り物を揚げたおかずで、お弁当には最適です。

お世話になったタイの家庭での夕食

カオサン通りの露店にて

 

インド料理~シンプル&スパイス、家庭料理弁当~

・フィッシュボール(ツナのコロッケ)
・アルゴビ(カリフラワーとじゃがいもの炒め物)
・キャベツのサブジ(キャベツの炒め物)
・チャパティ(薄焼きパン)

水嶋

お弁当からはみ出すナン!……じゃなくて、これは?


本山さん

チャパティですね、薄焼きパンです

本山さんの「インド料理」のお弁当紹介

本山さん

インドは、生クリームや油、スパイスを多用する宮廷料理に比べて、家庭料理はシンプルであっさりしたものが多いです。サブジやアルゴビはクミンやターメリックといったシンプルな調味料しか使わず、チャパティは全粒粉を水で練った生地を薄く伸ばしフライパンで焼いたもの。ツナコロッケは洋食の影響を受けています。インド料理は、宗教による食のタブーがあり、東西南北で料理が異なり、また「体調が悪いときにはこのスパイス」といった医食同源の特徴もあります。ホテルの料理長をしていた27歳の頃にその世界に触れたことで、当時つくっていたフランス料理は氷山の一角なのだと思い知らせてくれました。

衝撃の旨さだったというチキンバターマサラ

南インドで料理を教わった料理人と

 

フランス料理~美食の国、ビストロの定番メニュー弁当~

・サバのマリネ
・レバーのワインビネガー風味(右)
・コック・オ・ヴァン(鶏肉の赤ワイン煮込み)(左)
・バゲット

水嶋

意外と、スタミナ系のお弁当みたいなボリュームですね!


本山さん

そうなんです。フランス料理といえば、高級で、大きめのお皿にちょこっとしか盛り付けられない繊細な料理を思い浮かべられるかと思いますが、「お弁当」という場面を考えると必ずしもそうではありません

本山さんの「フランス料理」のお弁当紹介

本山さん

繊細な料理は、フランス人にとっても特別なときに食べるもの。ふだんはビストロという大衆食堂で、1~2品を注文してワインを飲むというスタイルが一般的です。コック・オ・ヴァンはその代表的な料理で、ワインとじっくり煮込まれた柔らかい鶏肉はバゲットによく合います。サバのマリネやレバーのワインビネガー風味は酢を使っているのですが、冷蔵庫もなく運搬に時間が掛かった時代、内陸のパリでは新鮮な魚や肉の入手が困難で、防腐効果のある酢を使ったとされます。フランスが美食の国と呼ばれる背景には、もともと宮廷で腕をふるっていたシェフが街中で食堂を開き、庶民の間でも美味しい料理を食べられるようになったからという歴史があるんです。

フランスW杯でフランスが優勝し、ウェイターたちも外に出て盛り上がる。

フランス料理の修行をはじめた頃の本山さん

 

ブラジル料理~味わって考える、植民地の歴史弁当~

・フェイジョアーダ(黒豆の煮込み)と白ご飯
・パステル(チーズとハムの春巻き)
・ムケッカ(白身魚と野菜のココナッツ煮込み)
・コッシーニャ(チキンクリームコロッケ)

水嶋

ここではじめての白米! 「お弁当」の感じが出ますね


本山さん

白米の隣の黒豆は、フェイジョアーダです。実は意外な歴史があります

本山さんの「ブラジル料理」のお弁当紹介

本山さん

ブラジルの国民食といえば「フェイジョアーダ」なのですが、これはもともと当時奴隷だった人たちの間で食べられていた料理です。かつて、アフリカから大勢の黒人が奴隷として連れて来られ、日々満足に食べられなかった彼らは、主人が捨てた臓物や安い豆をトコトン煮込んで食べていました。それを主人が味見したところ「これはいける」となり、全土に広まった。国を支えてきた栄養満点の料理でありながら、なんとも皮肉な成り立ちです。ムケッカにもいろいろな調理法があり、これはムケッカ・バイアーナといってバイーア地方の名物料理、白身魚をココナッツミルクとパームオイルで煮込むのが特徴です。パステルの起源は中国の春巻き、あるいはイタリアのカルツォーネともいわれています。

高台からサルバドールの町を一望

広場の脇にある古本屋

 

スペイン料理~大航海時代を思う、バルの定番弁当~

・スペインオムレツ
・アヒージョ(海老のガーリックオイル煮込み)
・ひよこ豆のマリネ
・パエリア(魚介の炊き込みご飯)

水嶋

スペインといえば、パエリアですね!


本山さん

地中海に面しているため豊かな食材があり、多様な調理法とそれに伴う料理があります。

実はお弁当向きな、冷めても美味しいスパニッシュオムレツとアヒージョ。

本山さんの「スペイン料理」のお弁当紹介

本山さん

これほどバラエティあふれる料理の背景には、大航海時代の歴史なくして語ることはできません。1492年のコロンブスによる新大陸発見以降、スペインには長い歴史を経て、インゲン、唐辛子、ジャガイモ、トマト、カカオなどがもたらされました。料理を見ると、その国の歴史や文化が理解できますよね。私たちは、悲惨な歴史や先人たちの気の遠くなる数の失敗により、美味しくて安全な料理を食べられるのだ、と感じます。

料理を教わったバルにて

パエリアを教わったレストランにて、まかないをごちそうしてもらった。

 

世界の料理の「お弁当化」を終えて

水嶋

いやはや、お疲れ様でした! 本当に!


本山さん

ありがとうございます!


水嶋

ふだんから『世界の料理』をつくられている訳ですが、今回はあえて『お弁当』としてつくるにあたり、どうでした?


本山さん

そうですね。どのおかずも実際にレストランで出していたことのある料理だったのですが、やはりお弁当なので、「冷たくても美味しいように」とか、「汁がこぼれないように」とか、「フタを開けたときの感動をつくりたい」とか、これまで考えたことのない視点がありました。今仕事にしているレトルトの製造とも、また違ったワクワクを感じましたね


水嶋

そうか、そうですよね! レストランだったら出来上がりをすぐに出せるけど、お弁当は保存性や携帯性も考えないといけない。確かに、レストランとはガラリと状況が違ってくる。それに加えて「フタを開けた感動」か~。なるほどです

実際にレストランで出された料理(パエリア)

水嶋

出来上がりを自ら目にされたときはどうでしたか?


本山さん

実際に盛り付けてみて、お弁当という枠の中に世界の料理を入れてみると、意外に収まって……「わぁ! お弁当になってる!」というのが、一番最初に浮かんだ正直な感覚です


水嶋

私は見ているだけでしたが、まったく同じことを思いました! ふしぎなもので、外国の料理から感じる新鮮さと、よく知るお弁当の形から感じる懐かしさがどちらも共存してる。ベクトルは違うのに、まとまっているんですよね


本山さん

実は、インドにもカレーのランチボックスがあり、イギリスにもサンドウィッチがあります。いわゆる機内食も「お弁当」というカテゴリーに入るかもしれません。ただ、入っているものがすべてきっちりと収まってくれる日本のお弁当の感覚は、懐かしさや楽しさ、つくってくれた人の顔が思い浮かぶ、ワクワクする玉手箱なのかもしれないなと思いました


水嶋

日本のお弁当には家族などの親しい人がつくるというイメージもあるから、盛り付けやおかずの選び方に、その人との関係性があらわれるものなのかもしれませんね。それは、お弁当の料理の国が変わっても同じで、今回のお弁当は「本山さんと世界の関係性」と言えるのかも……と思いました。とても楽しかったです、ありがとうございました!

本山さん

こちらこそ!

味修行中の本山さん(ラオス国境にて)

 

世界の料理を、レトルトで食べ、家でつくって、思いを馳せよう!

それにしても、改めて見ても、ふしぎでおもしろいですね。

どれも、その国の料理でありながら、きちんとお弁当になっている。

見た目のおもしろさもさることながら、おかずが生まれた歴史的背景などもそのひとつひとつがユニークで、個人的にも大変勉強になりました。また一方で、ふだん日本人が食べているお弁当のおかずにももちろん今回のようなエピソードがあるんだろうなと考えると、お弁当には「食」という形を借りてその国の歴史や文化が詰まっていると言えるのかもしれません。お弁当に限らず料理全般、「これってどうして生まれたんだろう?」と思って食べると新鮮な気分になれそうだ。

 

本山さんのご活動について改めて……

最初の方でもお伝えしましたが、本山さんは現在、『世界のごちそう博物館 レトルトシリーズ』として、世界各国の料理を50種類ほどのレトルト製品として開発&販売されています

『世界のごちそう博物館』のレトルト料理の一例。改めて……これがレトルトで食べられるって、すごい!

レトルト製品の裏面にある、豆知識とメッセージが書かれたイラスト(クリックすると大きなサイズに)。

上記のイラストに本山さんの思いが書かれてあるので、こちらをそのまま記載します。

「世界のごちそう」とは何ですか?

世界中の人達がこの地球上に生きている事に感謝できて、国や人権、宗教に関係なくみんなが一緒に一つのテーブルを楽しく囲んで食べる食事の事なんです。世界にはいろんな人が住み、いろんな国があり、いろんな料理を作り、食べています。何をいつ食べるか? 食材を何処からどの様に手に入れるか? 料理にはどんな歴史や伝統があるのか? 「世界の料理を食べる」という事は、その国の文化に直に触れる事であり、単におなかを満たしたり、美味しさを追求して食べるという事ではないんです。

兵庫県の小学校にて、「世界の料理で食育」というテーマで講演する本山さん。

また、本山さんは、レトルト事業と並行して、小中高・大学などでの講演も活動中。「料理で考える国際交流」「世界の料理で知る、世界の歴史や文化」「世界の料理から見る食育」といったテーマでお話されています。ぜひ、下記のリンクより本山さんの活動を追いかけてみてください!

 

協力

本山尚義(もとやま なおよし)
全196カ国おうちで作れる世界のレシピ(Amazonリンク
世界のごちそう博物館(レトルト商品のHP):https://www.palermo.jp/TwitterFacebook

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この記事を書いた人

ネルソン水嶋

ネルソン水嶋

ブロガー、ライター、編集者。2011年のベトナム移住をきっかけにはじめた現地生活を綴るブログ『べとまる』から『ライブドアブログ奨学金』『デイリーポータルZ新人賞』などを受賞を契機に、ライターに。2017年11月の立ち上げから2019年12月末まで、海外ZINEの編集長を務める。/べとまるTwitterFacebooknote

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