中東のサッカー選手が夢見るアラビアン・ドリームとは? 合言葉はニシムラを忘れるな

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※本記事は特集『海外のサッカー事情』、サウジアラビアからお送りします。

クリックorタップでサウジアラビア説明

 

『アラビアン・ドリーム』が渦巻く中東サッカー事情

中東で一番有名なスポーツは何か? と現地の方々に聞いてみればほとんどの人が「サッカー」と答えます。人気スポーツという点で言うと、この国技とも言えるサッカーの遥か後にバレーボールやハンドボールなどが続き、サッカーと並ぶようなスポーツ競技は他には存在していないと言えます。

サウジアラビア王国のスタジアム

なぜ中東でこれだけサッカー普及したのか、と言う点は諸説ありますが、やはりかつて中東の多くを支配しており、交流の深かったイギリスの影響を多くの国が受けていた点、そしてサッカーが盛んなヨーロッパが地理的に近かったため、などが考えられます。

世代としては小さい子供から大の大人まで、皆サッカーを実際に行う、もしくは観戦して楽しむだけでなく、現地ではサッカーのゲームも大人気で同じく小さい子供から大人までみんなリアルでもゲームでもサッカーに夢中と言えます。

カタールで建設中のスタジアム

体育の授業では教師が色々準備したり考えたりするのが面倒な時に授業をサッカーにすると生徒たちもサッカーをやることを喜ぶ、それ以外の種目を行うとみんなガッカリするという話もよく聞きます。

このような環境で育ったため将来の夢はサッカー選手、という子供も多く、実際に近年では、特に湾岸アラブ諸国でサッカーアカデミーのような幼少期からサッカーの英才教育を行う機関も多く設立されており、非産油国の国々の若い選手がサッカーの実力で産油国所有のチームにスカウトや移籍をして高額の契約金と名誉を掴むことが現在のスポーツにおけるアラビアン・ドリームであると言えます。

日本の方からよく聞かれる質問ですが、「湾岸諸国では暑くてとてもじゃないがサッカーはできないのではないか」、という疑問があります。実際夏の一番暑い時期になりますと気温が50度を超えることがあります。さらに海沿いですと湿気がありますので常時サウナにいるような暑さに悩まされます。そういう時期には室内もしくはドーム形の練習施設を使用したり、日が沈んだ後に練習や試合を行う、というケースが多いそうです。

ドバイ郊外のコートで夜にサッカーを楽しむ若者

湾岸諸国、並びに中東の選手たちはこのような環境で練習を行い、試合も行なっているためか暑さには強いのかもしれませんが、逆に中東の選手が海外に冬の時期に遠征に出るとその国の寒さで苦労するという話をよく聞きます。

 

スポーツ用品店の目玉はやはりサッカー用品

上記のように中東において国技とも言えるサッカー熱はとても高いため、街中の観光地からショッピングモールやスーク(市場)のだいたいどこへ言っても衣料品の中にスポーツウェアのコーナーがあります。観光地などでは非正規のグッズが安い値段で売っているケースがありますが、正規品を扱う有名なお店ですと湾岸諸国大型ショッピングモール内で店舗を構えることが多いスポーツ用品店「SUN&SAND SPORT」、直訳すると「太陽と砂」、というお店をお勧めします。

「SUN & SAND SPORT」店内

ここは中東では老舗のスポーツ用品店であり、アラブ首長国連邦で強豪と言われるアル・アインチームのスポンサーとして成功し、多くのチームのウェアを作っているだけでなくスポンサーとしても入っており、湾岸諸国全域で幅広く店舗展開をしております。もちろんサッカー以外のスポーツ、例えばバスケットボールやサイクリングなど様々なスポーツ用品やランニング、トレー二ング器具を扱っていますが、店舗面積においてサッカー用品が占める割合は大きいと言えます。

店舗の中ではヨーロッパはもちろん、中東の有名ナショナルチームのユニフォームからアラブ諸国のローカルチームのユニフォームまで幅広い品揃えを誇ります。もし中東現地チームのユニフォームを購入したい場合はぜひ「SUN & SAND SPORT」をご訪問されると良いかと思います。

ドバイのローカルサッカーチームのユニフォーム、約14000円、スポンサーのNAKHEEL、AZIZIは共にドバイを代表する不動産デベロッパー

皆様もヨーロッパのリーグを見ていると有名チームのユニフォームに「エミレーツ航空」「エティハド航空」「カタール航空」と中東の航空会社のロゴが目立つ場所に入っていることが多いと気づかれるかと思います。湾岸諸国の航空会社はこの広告費に莫大な費用をかけています。各航空会社は契約したクラブのロゴや選手を使い自社のマーケティングや広告戦略を行うため、良いチームのユニフォームに自社のロゴを入れるべくそのスポンサー契約の激しい戦いが繰り広げられていると言われてます。

少し前にサッカーを絡めた有名になった広告例として、カタール航空が機内安全のためのビデオをFCバロセロナの有名選手たちとコラボレーションして作成した動画「Qatar Airways In Flight Safety Video Starring FC Barcelona」が今までにない退屈な機内安全ビデオを楽しく見せる、という点で大変好評でした。
(カタール航空との契約が終了したため動画リンクなし)

超有名選手たちが機内安全について説明するファンにはたまらない構成

FCバルセロナとカタール航空のスポンサー契約が終わった背景には色々な噂がありますが、カタール人たちから話を聞くとやはりスポンサーで無くなったことを惜しむ声が上がっています。同時に、『「RAKUTEN」ってどんな会社なの? 』という質問も合わせてされるようになりましたが。

 

中東サッカーファンが口にする「ニシムラを忘れるな」

さて最近の日本と中東湾岸諸国の中で関わりが深いところと申しますと、サウジアラビア王国という国を皆様聞いたことがあるかもしれません。サウジアラビアは日本の約6倍の面積に人口約3300万人が住んでいる君主制の王国になります。去年の3月にサルマン国王陛下が1000人を超える外交団と共に来日したニュースや、去年9月に行われた2018年FIFAワールドカップロシアアジア最終予選の日本代表とサウジアラビア代表との試合、11月のAFCチャンピオンリーグの決勝戦での浦和レッズVSアル・ヒラルとの戦いに代表されるように、日本とも多くの試合を行なっているアジアの中で強豪と言える国です。

アル・ヒラルをアウェイの日本で応援するサウジアラビア人

サウジアラビア、リヤドのアル・ヒラルショップと著者このサウジアラビア人の人たちがサッカーに関して、特に上記のアル・ヒラルのファンが日本に対して持つイメージとして最初にあげられるのが、「西村(にしむら)」という言葉です。もしかしたら実際に中東へ旅行に行った方でサッカーの話になった時や現地のサッカースタジアムでこの言葉を聞いたことがある人はいるかもしれません。私ももう100回以上は聞いている言葉です。

なぜ「西村」という名前が有名なのか? それは2014年のAFCチャンピオンズリーグの決勝第二試合のサウジアラビアのアル・ヒラル対オーストラリアのウェスタンシドニー・ワンダラーズの試合の主審、西村雄一氏の名前から来ています。ここの試合の判定について一悶着あり、その後試合はアル・ヒラルがウェスタンシドニー・ワンダラーズに破れてAFCの王者になる夢が潰えてしまいました。そしてこの試合が負けたのは主審の、日本人の西村氏のせいだ、とアル・ヒラルファンやサウジアラビアのサッカーファン達は考えるようになりました。

西村についてどう思うか、とサウジスポーツチャンネルの取材を受ける著者

これ以降、アル・ヒラルファンを含めた中東のサッカーファンにとって「西村」という名前は忘れられなくなり、日本が国際的な試合で負けたり、際どい判定があったりすると「ニシムラを忘れるな」「今こそニシムラの報いを受けるべき」「我々はニシムラのせいで夢を潰された、これは当然のこと」などの言葉を言われることがあります。

2014年AFCチャンピオンズリーグの決勝第二試合の1枚 右:西村氏(©Riyadh News)

さて、このアル・ヒラルというチームですが、通称「ヒラル=三日月」の異名を持つサウジアラビアで一番有名かつ人気のあるチームであり、そのホームはサウジアラビアの中心部の首都、リヤドにあります。

そして同じくリヤドをホームとして活躍している「アル・ナスル」というチームがあります。「ナスル=勝利」という名を冠するチームでアル・ヒラルの次に人気のあるチームと言えます。このチームのファン達の一部は「敵の敵は味方」という考えを持っている方が多いためか、2014年のアル・ヒラル敗退の際には大喜びをして西村雄一主審を讃えるコラ画像や動画がたくさん作られました

アル・ナスルファンにより作られた西村主審を讃えるコラ画像

また、2017年のアル・ヒラル対浦和レッズの試合の際には熱狂的に浦和レッズを応援して浦和レッズがシュートを決めた際に大興奮して大喜びするアル・ナスルファンの動画がサウジアラビアで出回る、他チームファンがアル・ヒラルファンに対して「URAWA!」と連呼して相手を煽る事例が多数発生するなど、湾岸諸国のサッカーにおいてまた新たな日本語のレパートリーが追加されたようです。

シルバ選手が得点を決めて狂喜乱舞するアル・ナスルファン

アル・ヒラールのモハメド・アル・シャルホウブ選手

どこまで確度の高い情報なのかわからないですが、サウジアラビアのスポーツメディアで去年アル・ヒラルをACLで破った際に活躍した浦和レッズのラファエル・シルバ選手を、前述のアル・ヒラルのライバルであるアル・ナスル側が獲得したいと考えている、というニュースが出回ったことがあります。それだけアル・ヒラルとアル・ナスルはお互いライバルとして意識していると言えます。(参照:النصر يلاحق هداف أوراوا

 

課題はサポーターのモラルか?

その浦和レッズのラファエル・シルバ選手ですが、ACLのアル・ヒラル戦で活躍したことをよく思わないアル・ヒラルファンやアラブ人たちからラファエル・シルバ選手のインスタグラム上に差別的なコメントや中傷が数多く投稿されました。

残念ながらまだまだ中東は過激なファンが自分の応援するチームの結果が芳しくない際にこのような行動に出てしまう人たちがいます。もちろんそのような自国民の行為を恥と感じる方々も多くいますが、その辺のマナーについてはまだまだレベルが低いところがあり、同時にスタジアムの中での行動、例えばサッカーコートに向かってペットボトルや物を投げ込む悪癖などが多く見られる現状はあまり良くないと言えます。

蛇足になりますが、今年2018年の1月に初めてサッカースタジアムで女性が家族専用の応援席で観戦することが許されるようになりました。つまり対浦和レッズ戦の時の応援席約6万人は全て男性で占められていた事になります。今後男性も女性も観戦ができるようになると同時に、サッカースタジアムにおけるマナー向上も進めばと思います。

ジェッダのキング・アブドッラーサッカースタジアム

日本人向けの案内資料

 

高い契約金と手にする栄光

よくあるイメージとしてアラブの産油国は石油王がサッカーチームやスタジアムに対してポンと多額のお金を払い良い選手を世界から集め、巨大なスタジアムで自分のチームを作るのだろう、というイメージがあるかもしれませんが、必ずしもそういうわけではなく戦略的に広告や国内のスポーツ育成のために努力をしていることが伺えます。

ですが、花形選手に対して支払う契約金額が高すぎる、と話題になることも多々あります。そのため産油国の選手達はなかなか移籍せず、移籍するとしても同じ産油国同士のチームの中で、という形が多く、ヨーロッパに移籍する選手はそこまで多くないと言えます

さらにこれら産油国のチームで活躍し、大きな試合で結果を残して国民的英雄になり羨望の的となっている中東で有名な選手といいますと「砂漠の英雄」の異名を持つサーミー・アル=ジャービル氏と「砂漠のペレ」の異名を持つマージド・アブドッラー氏の名前が上がります。サイード・オワイランという選手も名前が上がりますが、アル・シャバブというアル・ヒラルやアル・ナスルのような人気チームでないことと、飲酒騒動により晩節を汚したというイメージが強く、サーミーとマージドの2名の名前が上がることが多いです。

もちろんサウジアラビアだけでなく、中東各国の選手達の今後の活躍に伴い、多くの有名選手が出てきて日本と戦うことが多くなると思います。ワールドカップにAFCと今後ますます絡む機会の多い西の国々の動きも、なかなか目が離せないものがあると思います。

 

 

この記事のロング版を、『アジアフットボール批評issue06』でご覧になれます。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

鷹鳥屋明

鷹鳥屋明

大分県出身、筑波大学卒業後メーカーに勤務。メーカー勤務時代にサウジアラビアに滞在。その後バーレーン、カタール、UAE、ヨルダン、パレスチナなど中東諸国を巡り、日本と中東を繋げるべくSNSやメディア媒体等を活用し日本文化の紹介や宣伝とアラブに関する宣伝活動を行う。現在約10万人のアラブ人たちからのフォローを集めLike数は220万超え。さらなる中東における日本の認知度を上げるために日本と中東を行き来しながら活動中。1985年生まれ。

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