ミャンマー人サッカー選手はゴールがお嫌い? 伝統蹴まりの美技とジレンマ

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※本記事は特集『海外のサッカー事情』、ミャンマーからお送りします。

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盛り上がらないワールドカップ、その理由。

ミャンマーでは、ワールドカップは盛り上がりません。

早々にネガティブな結論で恐縮ですが、その背景をミャンマーのサッカー事情に詳しいゲストの村中翔一さんとともに見ていきたいと思います。

村中さんはこの4月まで3年半にわたり、ヤンゴンで日本人子弟を中心としたサッカー教室に加え、現地の聾唖(ろうあ)学校や孤児院でボランティアのサッカー指導などを行う「アルビレックス新潟ミャンマー・サッカースクール」の現地代表兼コーチを務めておられました。

ワールドカップが盛り上がらない最も大きな理由はというと……。

村中さん

自国が絡まないのですから、関心が低いのは致し方ないところでしょう。

まぁそうですね。ミャンマーは本選出場には程遠いですもんね。2018年4月のFIFAランキングでミャンマーは207カ国中135位。近隣諸国ではベトナム103位、タイ122位、インドネシア162位、シンガポール172位、マレーシア170位となっています。東南アジア内ではマシな方ですが、アジア予選突破はとうてい難しそうです。

村中さん

ところが、予選リーグは本選よりもずっと盛り上がるんですよ。

この写真は数年前に開催された日本との親善試合の様子です。

 

国民食モヒンガーも宙を舞うほど熱くなるミャンマーサポーター

確かに予選はすべての国が参加しますから、ミャンマーが絡む余地はあります。実は2018年のワールドカップ予選で、ミャンマーは初めて2次予選へ駒を進め、街は大変な盛り上がりをみせました。

その一方で、ミャンマー国内でのホーム試合は一切行われませんでした。2014年の予選でいろいろなものを審判に投げつける事件があり、その制裁措置だったのです。ミャンマー人が投げたものの中にはモヒンガーもあったそうです

こちらがミャンマー人のソウル緬、モヒンガー。スープにとろみがあるだけに、かかるとかなり悲惨なことになりそうです。「朝食」がテーマの回にも登場しました。

https://traveloco.jp/kaigaizine/breakfast-myanmar

村中さん

普段おとなしいミャンマー人ですが、サッカーを観戦するときは気性が荒くなるんです。選手やコーチ、監督がファンを煽る行為も見たことがあります。

2014年の「AFC U-19選手権ミャンマー大会」でもアラブ首長国連邦に勝ったことで熱狂した観客がグランドへ乱入しています。

村中さん

明らかなマナー違反ですが、FIFA主催の試合でベスト4入りできたのは初めてでしたからね。理性が飛ぶほど嬉しかったんでしょう。

世代別代表でワールドカップへの出場権を獲得した際には、ファンが勝手に路上パレードをしていました。この程度の勝利でそこまで喜ぶというのは日本では考えられませんが、ミャンマーの人たちにとっては歴史的で、とても嬉しかったということのようです。

 

優勝圏内だから? 意外に人気のシーゲームとスズキカップ

自国が絡むがゆえ、ワールドカップよりも注目を集めるのが「東南アジア競技大会(通称:シーゲーム)」。いわば“東南アジアのオリンピック”で、東南アジアの国々だけで開催する大会ですから実力もそれなりに拮抗しています。ミャンマーはその中ではなかなかの強豪ですから、楽しく観戦できるのでしょう。同じ理由で“東南アジアのワールドカップ”というべき「東南アジアサッカー選手権(通称:スズキカップ)」も人気です。

村中さん

しかし、何よりもミャンマー人が熱狂するのはイギリスのプレミアリーグです。中でも人気が突出しているのはマンチェスターユナイテッド、次いでアーセナルでしょうか。

先日、ミャンマー人の友人たちと旅行したのですが、うち2名が熱狂的なマンチェスターファン。観光名所でいちいち、その場所と全く関係のないマンチェスターユナイテッドの旗をかざして記念撮影するのには笑ってしまいました

撮影していると通りすがりの見知らぬ人まで「俺もユナイテッドファン」と名乗り出て一緒に写真に納まってきます。ファンの連帯感恐るべし! です。

 

プレミアリーグは甘い紅茶片手にテレビ観戦

ミャンマーではサッカーの試合を地上波で流すことはめったになく、ケーブルテレビに加入する必要があります。会社によりますが、だいたい初期費用は日本円にして5000円ほど。毎月の料金もかかるため、庶民には手が出にくいのが現状です。

そこでテレビ観戦の場となるのが大衆喫茶店です。簡素なテーブルセットを備えた喫茶店は練乳入りの甘い紅茶なら30円ほど。何時間座っていても追い出されません。

喫茶店は一般的にケーブルテレビが写る大型テレビを備えており、プレミアリーグの試合がある日はどこも満席になります。ファンは贔屓チームに点が入れば近くの見知らぬ客と抱き合って喜び、失点すれば声を出して嘆息するのです。

こちらもサッカー観戦中の喫茶店。テレビと反対の方向を向いている人たちもいますが、この店には後ろにもテレビがあるのです。

村中さん

サッカーの試合は賭けの対象にもなっていて、それが庶民の熱狂の一因ではありますが、ミャンマーの場合、ビール代程度しか賭けていないことが多いようです。

 

ミャンマーリーグには日本人選手も

ミャンマーには国内リーグもあるのですが、注目度は残念ながらヨーロッパのリーグ戦ほどはありません。日本ではあまり知られていないかもしれませんが、日本人選手も活躍しています。

村中さん

現在、ミャンマーリーグでプレーする日本人選手は2名。以前はもっと多かったのですが、外国人枠が減らされ、日本人も減ってしまいました。ズエガビン所属の松本憲(元・ジェフユナイテッド市原)選手は5年目で、チームの信頼も厚いですね。

ヤンゴンのボージョーアウンサンスタジアムにて。

 

ミャンマーのサッカー選手に影響を及ぼす“蹴鞠”

以前、ミャンマーリーグで活躍する日本人選手にインタビューした際、「ミャンマー人選手はボールをこねくり回してなかなかゴールしないんですよ。伝統スポーツであるチンロンの影響でしょうね」と話してくれたことがありました。

チンロンとは1500年にも及ぶ歴史を持つ、ミャンマーの伝統的なスポーツで、平安貴族の遊びだった蹴鞠によく似ています。

これはチンロンの試合中に撮ったもの。6人のプレーヤーが円陣を組み、籐で編んだ小ぶりなボールを地面に落とさないように蹴り合い、難易度の高い技などを繰り出してチームごとに技術点を競います。そう、相手コートに打ち込むタイプもの試合方法もありますが、一般的にはゴールしない球技なのです。

村中さん

村:確かにチンロンの影響なのか、ミャンマー人は足技が実に巧みですね。

チンロンはミャンマー全土に浸透しており、休憩時間やアフターファイブに男たちが広場などで興じている光景によく出会います。

 

2018年はミャンマーサッカーが試される年

今年、アウントゥを含む国内リーグのスター選手2名が、ミャンマー人で初めてタイリーグに挑戦しています。

村中さん

彼らが活躍できればタイでミャンマー人選手の評価は上がるでしょうが、駄目なら「彼らでも駄目なら誰が行っても駄目」とミャンマー人の海外リーグへの挑戦が下火になると思います。

かつて、野茂選手が大リーグに挑戦した時の日本の野球界と似た状況なのかもしれません。経済成長著しいミャンマーが、サッカーの実力でも大きく伸びることを期待したいと思います。

村中さん

そう、まさに2018年は、ミャンマーサッカー界挑戦の年なのです!

ヤンゴン中心部のサッカー場横にあるビル屋上のカフェ&バー「スカイライン」。店からサッカー場のフィールドが丸見えで、試合の日には飲み食いしながら観戦できるとサッカー好きに人気だ。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

板坂 真季

板坂 真季

ガイドブックや雑誌、書籍、現地日本語情報誌などの制作にかかわってウン十年の編集ライター&取材コーディネーター。西アフリカ、中国、ベトナムと流れ流れて、2014年1月よりヤンゴン在住。エンゲル係数は恐ろしく高いが服は破れていても平気。主な実績:『るるぶ』(ミャンマー、ベトナム)、『最強アジア暮らし』、『現地在住日本人ライターが案内するはじめてのミャンマー』など。Facebookはこちら

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