イタリアの新観光・アグリツーリズモって? 食と自然を味わう田舎体験

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※本記事は特集『ライターがオススメする裏観光』、イタリアからお送りします。

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イタリアの観光地って、どんなイメージ?

みなさんは、イタリアの観光スポットと聞いてなにを思い出しますか? おそらくほとんどの人は、中世から続く古い街並みや教会・遺跡をまず頭に思い浮かべるはず。

ミラノにあるサンタンブロージョ教会。11〜12世紀頃に大改築されて以降、外観はあまり変わっていないのだとか。

こちらは同じミラノにあるサン・マウリツィオ教会。壁一面にびっしりと描かれたフレスコ画が圧巻です。

実は、イタリアは世界中の国々の中で最も多くの世界遺産がある国(2018年時点で54件)。そして、その多くは古代ローマ時代の遺跡や、中世から変わらない旧市街地、教会だったりします。それがそのまま、観光資源になるのもうなずけますよね。

もちろん、イタリア人にとってもこれらは定番の観光スポット。休日ともなると外国人観光客に混じって、イタリア人の姿もよく見かけます。日本で例えるとお城やお寺を巡るような感じでしょうか。

ただ最近、イタリアではこうした定番スポットを巡るほかに、新しいスタイルの旅行が広まりつつあります。それが、今回紹介するアグリツーリズモです。

こんな場所でのんびりと過ごす旅スタイルです。

 

イタリアで田舎の空気を味わう旅

アグリツーリズモとは「農業(アグリクルトゥーラ)」と「観光(ツーリズモ)」が合わさった造語で、農村に宿泊し田舎体験をする旅を指します。ひとことに「農村」と言っても宿泊する場所はさまざま。畑を持つ農家の一部屋を借りる場合もあれば、畜産農家やワイナリーに泊まる場合もあります。また、最近では住む人のいなくなった民家を宿泊施設として改装するケースも増えてきました。

どこに泊まるにせよ、共通しているのは忙しい日常を離れてゆったりとした時間を過ごすこと。そして土や動物に触れたり、その土地の料理を楽しんだりと、田舎ならではの体験をすることにあります。

ちなみにこちらは私が以前訪れたアグリツーリズモの施設。16世紀に建てられた古い邸宅を改装して宿泊施設にしたのだとか。

建物の反対側はこんな光景。山奥に見えますが、実はこれでも州都のフィレンツェから車で30分ほどの場所です。

都会に住む人にとっては、これだけでも「いい場所だな」と感じる風景かもしれません。実際、施設のオーナーによるとローマやミラノなどの大きな都市から来る人が非常に多いのだとか。

また、のんびりとした時間を過ごせるだけでなく、その土地ならではの食を楽しめるのも魅力のひとつ。実はイタリアにはアグリツーリズモ運営に関する法律があり、宿泊客に提供する食材は運営する農家が生産したもの、もしくはその地域の特産品を使うことが決められているのです。

例えばこちらは夕食の一品として出されたトマトソースのパスタ。トマトを煮込んでバジルを加えただけのシンプルな料理ですが、ソースの味がびっくりするほど濃くて美味しい! こういうシンプルな料理が美味しいのは、田舎ならではと言えるのかもしれません。

 

アグリツーリズモ誕生の背景にあったのは、農村の過疎化。

都会にはない田舎体験ができるとして人気を集めるアグリツーリズモ。今でこそイタリア人だけでなく、フランスやドイツなど周辺国からも観光客を集めるほどになりましたが、実はその歴史はそれほど深いものではありません。

この言葉が最初に生まれたのは1965年のこと。トスカーナ州で農業を営んでいたシモーネ・ヴェッルーティ・ザーティ氏が「アグリツーリスト協会」を立ち上げたのが始まりとされています。

当時のイタリアは都市への人口流出が始まっていて、田舎の過疎化や高齢化が大きな問題となっていました。若者は仕事を求めて都市に出てしまい、田舎にはその両親世代や祖父母世代が残されることになります。

特に農家では両親や祖父母だけでなく、その兄弟まで含めた一族全員が住める、部屋数の多い家が多くありました。そして、人口流出にともないこうした大きな家は持て余されるようになっていったのです。

大きな家は分譲して売られることもありますが、買い手のいない田舎ではそのまま廃墟として放置されるケースも……。

こうした問題に対し、トスカーナの農業経営者たちは建物の一部を宿泊施設として改装し、田舎ならではの豊かな自然と料理で旅行客をもてなすことを思いつきました。同時に、人手が不足していた農作業を観光客に手伝ってもらうことで、都会にはない体験ができる旅行スタイルとして定着させようとしたのです。

トスカーナの風景といえばこんな感じ。自然が多いけれど険しい山の中ではなく、丘陵地帯なので畑が多い(そして食べ物が美味しいのです)。

当初は、ひなびた農村を観光地化することに疑問を感じる人も少なくありませんでした。しかし、もともと食に対してはことさら強い関心を持っているのがイタリア人。加えてトスカーナ州は、肥沃な土壌と豊かな自然を擁し、イタリアでも有数の食どころとして有名な場所です。こうした背景もあってか、アグリツーリズモと名付けられた新しい旅行スタイルは、少しずつ受け入れられるようになります。

1965年には農業を守るための人口維持と地域の自然環境保全を目的としてアグリツーリスト協会が設立。さらに1985年にはアグリツーリズモ運営に関わる法律が整備されました。こうした経緯を経て、当初トスカーナ州が中心だったアグリツーリズモはスイスにほど近い北部の山岳地帯や、オリーブの生産地として有名な南部などイタリア全土に広まり、少しずつ定着していったのです。

トスカーナがイタリア随一の食どころとして有名なのは、農業を支えたアグリツーリズモのおかげといえるのかもしれません。

 

時代とともに変化するアグリツーリズモ、そこには悩ましい問題も。

さて、こうしてイタリア発祥の新しい旅スタイルとして人気を集めるようになったアグリツーリズモですが、実際に経営するには悩ましい問題もあるようです。

アグリツーリスモには農家や畜産農家、ワイナリーなどさまざまな形態があると書きましたが、今回私が泊まったのは古民家を改装して提供しているタイプのもの。オーナーのエリザベッタさんはもともと農業を営んでいたわけではなく、田舎に家を買ってアグリツーリズモを運営するのが夢だったそうです。

エリザベッタさん

昔からの夢だったのよ、田舎に家を買って暮らすのが


鈴木

じゃあ、夢がかなったんですね


エリザベッタさん

そのつもりだったんだけどね、でももう引き払おうと思って。今は買い手を探しているのよ


鈴木

え、どうしてですか?


エリザベッタさん

うーん、アグリツーリズモとして経営するのは手間がかかりすぎてね。私も旦那も他に仕事を持ってるし

アグリツーリズモはちょっと特殊とはいえ宿泊施設のひとつ。運営するとなると部屋の掃除やベットメイキング、朝夕の食事の準備、古い建物の補修、そして時にはクレーム処理などさまざまな作業が発生します。たとえアグリツーリズモ業務を週末だけに絞ったとしても、別にフルタイムの仕事を抱えたまま運営を続けるのは難しいものがあります。

オーナーが趣味で飼っているヤギや七面鳥。見てるだけなら楽だけど、実際に世話をするとなるとかなりの労力になりそうです。

また、当初は農業を手伝い、田舎暮らしを体験できるのが特徴だったアグリツーリズモ。しかし、現在はそこまでの体験を望む人が少なくなったせいか、実際に農業を手伝うことができる施設はほとんどありません。

さらに、もともと農家の軒先を借りて農業体験をすることから始まったため、宿泊はできてもホテルではなく、どちらかというとホームステイのような感覚で利用するものです。しかし、最近では利用者の裾野が広がったことで、リゾートホテルのような完璧なサービスを求める人も増え、トラブルになるケースもあるようです

中はきれいに手入れされているけど、築500年以上の風格はそのまま。

そんなわけで、せっかく夢がかなって購入した古い一軒家ですが、現在は買い手を探しているのだとか。運営に関してもホテルの検索サイトなどには広告を出さず、知り合いや以前泊まったことのある人から個人的に連絡を受けたときだけ、趣味としてアグリツーリズモを運営しているのだそうです。

ちょっと余談ですが、興味があったので気になることを聞いてみました。

鈴木

ところでこの家、いくらくらいで売りに出しているんですか?


エリザベッタさん

広告は200万ユーロ(約2億5000万円)で出してるけど、興味ある?

……そうでした、イタリアの家は古ければ古いほど高いのを忘れていました。客間として使える部屋は2つ。プラス、大きなダイニングとリビング。そしてオーナーのための居住スペース。もろもろ合計して面積はおそらく200平米ほど。決して小さな家ではありませんが、それでも「興味がある」だけで払える金額ではありません。

旅のテンションもあって「こんな場所に住むのもいいかも」と少し頭によぎりつつの質問でしたが、現実はそう甘くはないようです。

こちらが物件の全景。牧場とオリーブ畑とプール付きです。

ちなみに、イタリア政府の統計局の調査によると、イタリア国内で最もアグリツーリズモが多いのはやはり発祥の地でもあるトスカーナ州なのだとか。州都でもあるフィレンツエや斜塔で有名なピサ、シエナなどの観光地のほか、キャンティやモンテプルチャーノなどイタリアを代表するワインの生産地もあります。

もし旅行でトスカーナを訪れることがあれば、アグリツーリズモに泊まってみてはいかがでしょう。都市を巡るだけでは体験できない、イタリアの田舎ならではの空気を味わえるかもしれません。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

鈴木 圭

鈴木 圭

イタリア・ミラノ在住、フリーライター。広告ディレクターや海外情報誌の編集者などを経て2012年にイタリアに移住。イタリア関連情報や海外旅行、ライフスタイルなどの分野を中心に活動中。旅行先の市場でヘンな食べ物を探すのが好き。「とりあえず食べてみよう」をモットーに生きてます。HPTwitterInstagram

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