団地ファンはベルリンへ、工業化と東ドイツ時代が生んだ名建築たち。

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海外との最初の接点は、観光だという人がほとんどではないでしょうか。入り口にもなる良い娯楽ですが、一方その国の人や在住者の間では「ほかにも良いとこあるんだけどな……」という声も実際に聞きます。そこで今回は! ライター自らがオススメする、表舞台の裏側にある観光、「裏観光」というテーマでお送りします。マニアックな楽しみ方の数々をご覧ください。

ご存知でしたか? ベルリンといえば、バラエティにあふれる団地! 工業国化に伴って、あるいは東ドイツ時代の面影を色濃く残して、一世紀あまりに渡って建てられつづけてきた特徴ある団地たち。ライターの久保田さんの団地愛とともに、ご堪能あれ。

 

団地ファンにベルリンに来てほしい3つの理由

団地って、見ていてしびれます。四角い建物に、四角い窓がズラズラズラーッと規則正しくいくつも並んで、なんて幾何学的なんでしょう。規格通りに造られた建物はどれも同じよう。それなのに一つひとつの家には違う人が住んでいて、異なる物語がある。その姿を収めたいと、私はカメラのファインダーをのぞいては、いつも夢中でシャッターを切っています。

もしあなたも団地がお好きなら、ぜひベルリンへいらしてください。

「ベルリンで団地?」 えぇ、ベルリンで団地です。

その理由は3つあります。

 

1.ユネスコ世界遺産に登録された歴史価値

ベルリンの団地6ヵ所は後世の世界各国の団地建設に大きな影響を与えたことで知られ、「ベルリンのモダニズム集合住宅群」として、2008年にユネスコ世界遺産に登録されました。いずれもベルリン市内にあり交通アクセスもいいので、世界遺産団地ウォッチングを心ゆくまで楽しめます。

ユネスコ世界遺産登録された団地の一つ、「グロースジードルング・ブリッツ」。

 

2.団地ごとに異なる時代・背景・工法が見られる

ユネスコ世界遺産登録の団地は1913年から30年代に渡って建てられたもの。つまり第二次世界大戦前です。ドイツが東西分断された第二次世界大戦後も、団地は東西両ベルリンに建設されました。ベルリンならではの異なる時代・異なる背景・異なる工法から生まれた団地を一挙に見られます。

東ドイツ時代に東ベルリンの目抜き通りに造られた団地。

 

3.100年経ってもいまだに現役

日本の団地は老朽化のために次々と取り壊されていますが、ベルリンでは修復しながら存続しています。1913年にできた団地も現役です。

世界遺産に登録された団地「ガルテンシュタット・ファルケンベルク」は1913−16年に建てられたもの。

ほら、行ってみたくなりませんか? 今回は数ある団地の中から、世界遺産登録された団地と東ドイツ時代の団地をご紹介したいと思います。まず、「ベルリンのモダニズム集合住宅群」として登録されたのは、以下の6つの団地です(年代順)。

  • ガルテンシュタット・ファルケンベルク Gartenstadt FalkenbergGartenstadt Falkenberg(1913−16年)
  • ジードルング・シラーパーク Siedlung Schillerpark(1924-30年)
  • グロースジードルング・ブリッツ Großsiedlung Britz(1925-30年)
  • ヴォーンシュタット・カール・レギーン Wohnstadt Carl Legien(1928−30年)
  • ヴァイセ・シュタット Weiße Stadt(1929−31年)
  • グロースジードルング・ジーメンスシュタット Großsiedlung Siemensstadt(1929−34年)

 

100年前の労働者のために造られた団地が世界遺産に

最初にできた「ガルテンシュタット・ファルケンベルク」、この団地だけは第一次世界大戦前の1913年から1916年にできました。100年以上前なのですから驚きです。ただし、ここはテラスハウス(いわゆる長屋)が多く、日本の団地のイメージとは少し違うと思います。黄色、青、緑などヴィヴィッドな色が特徴です。

ユニークな色とデザインが特徴の「ガルテンシュタット・ファルケンベルク」。

それ以外は、第一次世界大戦後の1924年から1934年にかけてわずか10年の間に続々と建てられたもの。シラーパークから順に303戸、1964戸、1149戸、1268戸、1370戸の住宅ができたのですから、ずいぶん急速に増えたものです。

なぜこの年代に団地建設ラッシュになったかというと、大きな理由としては人口が増えたから。ベルリンは19世紀後半から都市として発展しはじめて、1920年には周辺の自治体も取り込んで「大ベルリン」と呼ばれる大都市になりました。いくつもの工場が建ち、人々も働くためにやって来ます。住宅が不足したのは当然の成り行きでした。さらに、19世紀後半から造られた集合住宅には「日当たり、風通しが悪い」と、批判が集まっていたのです。

当時のベルリンの様子。奥の方に工業国らしい煙突が見える。

そうした社会の要請でで、これまでとは異なる、新たな集合住宅が建てられたのでした。指揮をとったのはGEHAGという住宅供給公社。当時のドイツは「ヴァイマール共和国」と呼ばれる国で、社会民主党などの左派政党が議会の中心を占めていたことも、社会が住宅供給に力を入れた要因でしょう。

GEHAGの要請で多くの集合住宅を設計したのが、建築家ブルーノ・タウトです。世界遺産登録された住宅のうち、最後の2つ、「ヴァイセ・シュタット」と「グロースジードルング・ジーメンスシュタット」以外の設計はすべてタウトによるもの。

そこには「労働者でも住めるよう低家賃で、キッチン、バス、バルコニーというモダンな設備がつき、日当たりがよく自然を感じられる」というコンセプトが貫かれています。1910年当時は9割以上の集合住宅にバスルームがなく、5割弱はトイレが階段の踊り場や中庭にありました。ですから、バス・トイレが家の中にあるというのは、とても贅沢なことだったのです。

日本では昭和30年(1955年)に日本住宅公団が誕生し、それ以降急ピッチで団地が建設されましたが、タウトによる集合住宅のコンセプトは、日本の団地にも影響を与えたそうです

 

上から見ると馬蹄形、フーフアイゼン・ジードルング。

世界遺産になった集合住宅のうち、もっとも有名なのは「グロースジードルング・ブリッツ」(1925-30年)でしょう。別名「馬蹄形ジードルング」というように、建物全体が巨大な馬蹄形をしているのが特徴です(ジードルングは団地の意味)。もっとも、上空から見ないとちゃんとわからないんですけどね。

上空から見れば、確かに馬蹄形。/©Sebastian Trommer

地上から見ると、中心の池を囲むように建物が立っています。

私が初めてここを訪れたときは、中央の池を囲むように一つの建物がぐるーっとカーブを描いて立っている姿に衝撃を覚えました。日本で見てきた団地は、長方形の箱やスター型と言われるもの。こんな形は見たことがありません。この形状のおかげで、どの家のバルコニーも池がある庭側に向いています。コンセプト通りというわけです。

この団地では馬蹄形住宅だけにスポットライトが当たりがちですが、じつは周辺には異なるタイプの集合住宅も連なっていて、それらも含めて全体が世界遺産になっています。

私は、周辺にあるテラスハウスの集合住宅が好み。田園都市のような雰囲気で、愛らしいんです。カラフルな壁や扉もメルヘンチック。1本違う通りに足を踏み入れると、形は似ていても違う色のテラスハウス、違う街路樹が植わった景色が現れる。この団地一帯が、私にとってはテーマパークのよう。もう、楽しくてたまりません。

通りごとにテラスハウスのデザインが少しずつ異なるため、全区画内を歩いて回りたくなります。

通りごとにテラスハウスのデザインが少しずつ異なるため、全区画内を歩いて回りたくなります。

「ガルテンシュタット・ファルケンベルク」もとってもカラフルでしたが、こうした鮮やかな色使いはタウトの特徴です。建物自体や室内はシンプルに、色で個性を出すのがタウトのスタイル。当初は批判もあったそうですが、今ではこの色が人気の理由にもなっています。

以前、このテラスハウスに住んでいるご家族を取材する機会がありました。外からはこぢんまりと見えますが、屋内は屋根裏部屋も含めると3フロア5室、広いキッチンにバスルーム、さらに地下には洗濯室や物置も完備。部屋そのものはコンパクトながらも、通りの反対側には広い庭が続いています。野菜を育てたり、ペットを飼ったりと、ベルリン市内とは思えない緑豊かな住まいでした。

ご両親は「親戚も近くにいるし、ご近所さんとも知り合いだから、子育てがしやすいんですよ」とのこと。この団地一体が、ひとつのコミュニティのようでした。

 

住人も、店も、ゆるやかに世代交代か。

「グロースジードルング・ブリッツ(馬蹄形ジードルング)」の次にできたのが、「ヴォーンシュタット・カール・レギーン」(1928−30年)です。こちらはテラスハウスはなく、4〜5階建ての長方形の建物がズラーッと並んでいて、まさにイメージするところの団地。やっぱりここでも「日当たり」というコンセプトは反映されていて、大きな中庭を囲んで建物がコの字型に立っているんです。

もちろん扉や窓枠には、かわいい色が。

しばらく歩くと、角にカフェが見えます。団地はいわばひとつの街のようなものなので、敷地内にお店やカフェがあるのは当然なのですが、ここのカフェは団地ができた1930年代を思わせるような雰囲気でいい感じ。中に入ります。

カフェの名は「エックシュテルン(ECKSTERN)」。

「このカフェは2014年にオープンしたんだよ。その前はここはごく普通のパン屋でね。カフェを開いた当初は、地域に定着するまでちょっと時間がかかったんだ。住人のほとんどはお年寄りだったからね」と、40代ぐらいのオーナーの男性。

しかし住人たちはゆっくり、ゆっくりと入れ替わり、今では若い親や子どもたちでいつも賑わうカフェに。店内にはモダンな壁画が描かれています。もしかして団地建設当時のもの?

「いや、それは自分と友人が、タウトの時代をイメージして描いたものなんだ。自分はアーティストなんだよ。よく当時のオリジナル壁画かと間違えられるんだけど、アーティストとしてはうれしいよね」

コーヒーは3種類の豆から選べて、味も上々。こんないいカフェがあれば、団地全体が寂れることもなさそうです。私はこのカフェには何回か訪れていますが、そのたびに小さな子どもたちがテラス席で遊んでいます。世界遺産の団地は、建物も住人も現役です。

 

舞台装置的な東ドイツ集合住宅

最後は時代も背景もガラッと変わって、東ドイツ時代にできた団地です。社会主義だった東ドイツと、皆が同じように住める団地は相性がよかったのでしょう。各地にたくさんの団地が建っています。

ここでご紹介するのは、東ドイツ時代のメインストリート沿いに立ち並ぶ団地。これがまた、先の馬蹄形住宅とは別の意味で、第一印象で度肝を抜かれました。なんて人を威圧するような建物なんでしょう。7〜10階建ての建物が左右に並び、外壁にはレリーフ入りのタイルが使われ、エントランスの高さも高い。道幅も90mあるそうです。

ロータリーも、噴水も、団地も、すべてが巨大なシュトラウスベルク広場(Strausberger Platz)。

シンメトリーな2つの塔が印象的なフランクフルト門(Frankfurter Tor)。

この通りは現在は「カール・マルクス・アレー(Karl-Marx-Allee)」といいますが、東ドイツ時代は「スターリン・アレー(Stalinallee)」といいました。スターリンといえば独裁政治で有名なソ連の政治家。ここは東ドイツ時代に国がパレードをする通りだったのです。その様子はテレビを通して各所へと流れるため、立派な建物が背景に映っていることで、国力を宣伝する役割があったとされています。こうした建築様式はソ連を始めとする当時の社会主義国で見られます。

途切れることなくひたすら横に続く団地。

歩道を歩いている人と比較すれば、建物の高さがおわかりいただけると思います。

しかしこれが、中に入ると外の威厳はどこへやら。拍子抜けするほど簡素で、外観に力を注ぎきった感があります。この団地も結局は労働者向けに造られたものなので、内装をゴージャスにする必要はなかったのでしょう。

1階玄関ホールにある各戸の郵便受け。外観と比べてあまりにそっけないです。

 

まだまだ見逃せない団地がたくさん

ベルリンには、ほかにも見逃せない団地がたくさんあるんです。例えば西ベルリンのハンザ地区(Hansaviertel)には1957年の国際建築展「インターバウ (Interbau)」開催によって造られた住宅群があります。設計はヴァルター・グロピウス、オスカー・ニーマイヤーなど、そうそうたるメンバーによるもの。まるで屋外博物館といった趣です。

さらに西の端まで足を伸ばせば、やはり「インターバウ」の一環としてできたル・コルビュジェによる集合住宅「ユニテ・ダビタシオン(Unité d’habitationUnité d’habitation)」があります。マルセイユだけじゃないんですよ、コルビュジェの集合住宅があるのは。

さらにさらに、南西部にはヴァルター・グロピウスが設計し、1960年代から70年代に建てられた労働者向けの大規模な団地都市「グロピウスシュタット(Gropiusstadt)」もあり、こちらも一見の価値があります。

一方で東ベルリンには、東ドイツ時代に顕著だった「プラッテンバウ」と呼ばれるプレハブ工法の団地もあって……あぁー、もう紹介しきれません!

団地見学には天気のいい5月から9月ぐらいまでがいいですが、その頃は街路樹の緑も繁っていて、撮影しようとすると建物が木々の葉に隠れてよく見えないことがあります。10月中旬以降なら落葉するのですが、今度は天気が悪くなりがち。4月頃ならまだ若葉で、日も伸びているので団地訪問・撮影には最適かと思います。ただし、団地は一般の人たちの住まいだということを忘れないで。節度を持った訪問をお願いします。

ということで団地ファンのみなさん、ベルリンでお待ちしています!

 

参考文献

  • 北村昌史「ブルーノ・タウトの集合住宅」『西洋近代の都市と芸術5 ベルリン 砂の上のメトロポール』(尾関幸編)竹林舎
  • Christiane Borgelt, Welterbe Hufeisensiedlung Berlin- Britz, Stadtwandel Verlag
  • Nikolaus Bernau, Welterbe Wohnstadt Carl Legien Berlin, Stadtwandel Verlag
  • Thomas Michael Krüger, Architekturführer Karl- Marx-Allee Berlin, Stadtwandel Verlag
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この記事を書いた人

久保田 由希

久保田 由希

東京都出身。ただ単に住んでみたいと2002年にドイツ・ベルリンにやって来て、あまりの住み心地のよさにそのまま在住。「しあわせの形は人それぞれ=しあわせ自分軸」をキーワードに、自分にとってのしあわせを追求しているところ。散歩をしながらスナップ写真を撮ることと、ビールが大好き。著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか多数。HPTwitterFacebookInstagram

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