万能ゴマソース・タヒーニはだれのもの? イスラエル料理の根深い事情
※本記事は特集『海外のソウルソース』、イスラエルからお送りします。
イスラエルでは定番! ゴマのソース「タヒーニ」
日本でゴマといえば、ゴマ油、ゴマだれ、ゴマ豆腐、ゴマアイス……と、誰もが食べたことのある定番食材だと言えます。遠く離れた中東のイスラエルでも、実はゴマが人気です。というより、無くてはならない定番調味料、それが、ゴマのソース「タヒーニ」なのです。
タヒーニは、ソース、焼き物の調味料、食材として練り込むなど、様々方法で食べられます。ディップとしても食べられるので、イスラエルの飲食店ではタヒーニを単品メニューで頼むこともできます。パンやおかずにつけたり塗ったりして食べるのが主流です。
風味は日本の胡麻豆腐に近いですが、苦味はなくてクリーミー。ただし、くどくなく、さっぱりしていて、飽きのこない絶妙な風味です。ゴマの成分の半分は脂肪ということで、健康な生クリームを舐めているような幸福感に浸れるので中毒性があります。
タヒーニはこのようなボトルに詰められ、スーパーなどでよく売られています。500mlで20.90シェケル(約630円)です。ケチャップやマヨネーズのように、イスラエルでは家庭の常備用として購入します。
タヒーニの作り方は非常にシンプルで、炒った白ゴマをペースト状にして油を加える、これだけです。中国の芝麻醤(チーマージャン)と呼ばれる練りごまとほぼ同じなのですが、こちらはゴマ油を加えるのに対し、タヒーニにはオリーブオイルやサラダ油が使われます。
市販のタヒーニは非常に粘り気が強いので、調味料(レモン、ニンニク、オリーブオイル、水など)を混ぜて滑らかにしたものを食べます。実際に、飲食店などでタヒーニを注文するとそれと同じ状態のものが提供されるはず。
余談ですが、イスラエルのソースやサラダには、レモン・ニンニク・オリーブオイルの組み合わせがとにかくよく使われます。これ自体が、ある意味ではイスラエルの風味とも言えるでしょう。
タヒーニを一度食べてみると、前述の通り、ゴマだれやゴマ油といったアジアのソース類とは似て非なるものだということが体感できるはずです。単品でも味わえる上に、料理にあとから加える調味料としても使える万能ソースで、なによりとてもオイシイのです。
伝統料理からマクドナルドまで! どこでも登場するソース
タヒーニは、イスラエルでなら本当にどこにでも登場します。
朝食の定番の付け合わせにもタヒーニ
こちらはイスラエルの朝食の定番メニュー「シャクシュカ」、クミンやパプリカが入った中東風味のトマトソースに卵を入れて作る料理です。トマトソースの中で目玉焼きを作るといった独特の要領でこしらえ、付け合わせのディップとしてタヒーニが提供されます。
シャクシュカ自体は中東諸国で食べられる定番メニューですが、イスラエルでは朝食として定着しており、国内に専門店もあるほど市民権を得たメニュー。写真のシャクシュカは、都市・テルアビブのイマドキな朝食専門カフェで注文したものです。
タヒーニをかけて調理するオーブン料理も
こちらは「キョフテ」という日本のハンバーグのような肉料理で、成形されたひき肉の上にタヒーニがかけられ一緒にオーブンで調理されています。キョフテも中東地域ではよく食べられますが、イスラエルでは「中東系ユダヤ人料理」として認知されています。
中東系ユダヤ人は「ミズラヒム系ユダヤ人」と呼び、ユダヤ人三大グループ(中東系のミズラヒム、南ヨーロッパ系のアシュケナジ、中央ヨーロッパ系のセファルディム)の1つです。
イスラエルはユダヤ人国家を謳っているためか、キョフテをふくめた伝統料理を「中東料理」と言わずに「○○系ユダヤ人料理」という言い方をします。「これは中東……のユダヤ人(=イスラエル人)の料理だぞ!」という風にも聞こえてしまいそうなところがイスラエルらしい一品です。
沿岸地域で食べられる魚料理のお供にも
海やガリラヤ湖周辺の沿岸地域では魚の丸焼き(特にティラピア)が食べられるのですが、そこでもやはり、タヒーニが添えられています。
砂漠のイメージが強いイスラエルですが、実は国土の西側のほとんどが地中海に面した海の国で、シーフードが美味しくて人気です。そんな地中海の土壌で中東の食文化が混ざり合うので、タヒーニを魚に合わせる料理というのはイスラエルらしい一品と言えるでしょう。
マクドナルドといった世界的チェーン店でも常備
マクドナルドにもタヒーニがあり、サラダのソースの選択肢として選べます。ちなみにもう一つは「オリーブオイル✕レモン」のドレッシングです。またか!
歴史的には、タヒーニは中東からの移民(ミズラヒム系ユダヤ人)によって根付いたとされているので「イスラエル発!」とは言えないものの、現代のイスラエルの食文化の中では確実にソウルソースとしての役割を果たしていると言えます。
イスラエル料理の食材としても存在感あり
タヒーニは、あとがけのソースばかりでなく、イスラエル料理の材料としても欠かせません。代表的なものは、ひよこ豆のペーストとタヒーニを混ぜて作るディップ「フムス」や、タヒーニと小麦粉で作るお菓子「ハルヴァ」が挙げられます。
中でも、フムスはイスラエルの飲食店にはほぼ必ずあると言っていいほどの国民食です。IKEAのカフェにも常備されており、お値段は6シェケル(約180円)ととてもリーズナブル。すでにタヒーニをたっぷり含むフムスの上から、さらにタヒーニをかけて食べます(かけない場合もあります)。
フムスには幾つか種類があり、トッピングによって呼び方が変わったりします。ひよこ豆が丸ごと入ったフムスは、厳密には「Msabbaha(マサバハ)」と呼ばれますが、特に神経質に区別されることはなくすべてフムスとして食べられています。例えるなら、カップヌードルとカップラーメンくらいしか差はありません。
「ハルヴァ」はタヒーニ、蜂蜜、小麦粉などを混ぜて作られる伝統的な中東のお菓子で、イスラエルでは材料にゴマをメインとしているのが特徴です。アイスクリームが常温になったような、日本の食品では説明しづらい、あえて言えば歯にくっつく練り消しのような独特の食感です。街の市場にはもちろん、ホテルの朝食ビュッフェなどにもあります。
タヒーニに「パクリ」疑惑!? 根深いイスラエルの食事情
かけてよし、食材として使ってよし、イスラエルのゴマのソース「タヒーニ」として紹介しましたが、ここでひとつあえてはっきりしておかなければならない事実があります。それは、「イスラエル料理は確立されていない」ということ。
建国70年と若く、まだまだ自国のアイデンティティを確立しようとしている最中で、決定的な「イスラエル料理」がまだないというのがイスラエルの一般的な見解。つまり、「寿司=日本!」のようなわかりやすい食べ物が、存在しないのです。
「何がイスラエル料理と言えるのか?」という問いがポイントとなる、アメリカ人監督が製作したドキュメンタリー番組も存在します。なぜならそれは、「移民国家、悪く言えば他人の文化の持ち寄って、何がオリジナルなのか?」という、自国のアイデンティティーを問うものだからです。
なお、番組中では、「イスラエル料理はパレスチナ料理を取り入れている」「政治と食べ物は別」「その土地の人が育んだものがその土地の料理」という意見が飛び出し、「じゃあパレスチナがオリジナル……」という雰囲気が漂ったところで、もごもごとして終了します。
タヒーニもフムスもイスラエル国外にルーツを見出せてしまい、イスラエルの所有権が認められないという、社会問題さながらの様相を呈しています。過去にも、イスラエルは「フムスはイスラエル料理」と言って隣国のレバノンともめたことがありました。
そんな状況なので「イスラエル料理」とは言い切れず、かといって「中東料理」というのもなんだか悔しい、だから「○○系ユダヤ人料理ということにしておく」という見方もできてしまうのが、イスラエルの食の現状です。非イスラエル人としての個人的な見解ではありますが。
ちなみに……ゴマ≠タヒーニ、あくまで「アジア料理のサイン」。
何はともあれ、タヒーニが現代のイスラエルの食卓になくてはならない定番ゴマソースであることには間違いありません。ただし、ゴマそのものがイスラエルの国民食として認知されているかといえばそれは微妙です。
イスラエルにも普通のスーパーに黒ゴマやゴマ油はありますが、これらはアジア料理の調味料として売られています。そしてこれらのアジア系ゴマ食品は、当然といえば当然ですが、「これはアジア料理ですよ」というサインとして使われているのです。
テルアビブにある日本食を扱うレストランにて、堂々と「GOMA SAUCE」と書かれているのメニューに出会ったこともあります。「それがあんたらのタヒーニちゃうんかい!」と突っ込みたくなりましたが、それとこれとは別のようです。
今はまだタヒーニは中東……いや、イスラエルのソースとしてしか認知されていないようですが、タヒーニはちょっと工夫すればアジア料理にも活かせられるグローバルな食材です。この国がそれに気づいた時、中東地域のグルメ戦争も緩和するかもしれません。
いやはや、イスラエルで和な「GOMA DARE(ゴマダレ)」を味わえる日はくるのでしょうか。
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編集:ネルソン水嶋
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