美食大国も気分屋もそっくり?イタリアとフランスの微妙な関係

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※本記事は特集『海外のライバル』、イタリアからお送りします。

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ライバルは隣国フランス、ナポレオンに支配された歴史も

「イタリアがライバル視する国なんてあるの?」

イタリアのことを少しでも知っている方なら、そう思ったかもしれません。

そもそも、イタリア人は「大らかさ」と「マイペース」が服を着て歩いているようなもの。細かいことにはこだわらず、常に自分が第一。そして、誰にでもフレンドリーな人が多い印象です。そもそもライバル視するほど他人に興味があるんだろうか、そう思っても無理はありません。

でもね、そんなイタリアでもモヤモヤすることがあるんです。その相手がこちらです。

フランスらしい写真ってなんだろうと、少し迷いました(ちなみにパリのセーヌ川です)

そう、イタリアのすぐ西隣に位置するフランスです。

「隣国同士はなにかと仲が悪い」というのは世界中どこでもよくある話ですが、イタリアとフランスもその例に漏れずと言ったところでしょうか。そういう意味では「ライバル」というより、腹に一物抱えた者同士といったほうがしっくりくるかもしれません。

ヨーロッパは、1,018万平方キロの領土の中に50もの国がひしめいている地域です。ちょっとピンとこないかもしれませんが、要は国が多くてごちゃごちゃしています。なんとなくカオスなイメージがあるアジアですら4,457万平方キロの面積があり、その中に存在する国は48カ国です。この数字の差を見るとなんとなく、ヨーロッパの過密さが想像いただけると思います。

そしてヨーロッパの歴史は有史以降だけを見てもそうとう長く、侵略された(した)なんて話ばかり。いろいろな感情が渦巻いていることは容易に想像できるでしょう。

ヨーロッパの地図、改めて見てみるとほんとに複雑です

イタリアは今でこそ一つの国ですが、実は国土が統一されたのは1861年のこと。それまでは国内がいくつもの国に分かれていたり、一部がフランスやオーストリア領だったりと……ざっくり言うといろいろありました。

後ほど紹介しますが、この地図はまだまだシンプルなほう

ちなみにこちらは1810年のイタリア半島の地図です。イタリアが4つの国に分裂していて、さらに現在のピエモンテやトスカーナ、ローマはフランス帝国の領土であったことが分かります。(ピエモンテはトリノ周辺、トスカーナはフィレンツェ周辺です。)

ちなみに余談ですが、この時フランスから侵攻してきてイタリアの一部を征服したのは、かの有名なナポレオンです。

有名なこの絵は、当時オーストリア軍に包囲されていたジェノバに侵攻する際のアルプス峠越えを描いたもの

このナポレオンによる侵攻は、当時オーストリア軍に支配されていた北イタリアの街を解放するという一面もありました。そのため、当初は必ずしも侵略者という扱いでもなかったようですが、その後領土をフランスの一部とし、市民にはフランス語を話すことを強要したため、かなりの顰蹙(ひんしゅく)をかう結果となりました。

 

現在もちょっと微妙な、イタリアとフランスの関係

こうした歴史もあってか、イタリアとフランスの関係はいまだに微妙な感じ。EUの一員ということもあり表立って敵対するわけではありませんが、ところどころに仲の悪さをうかがわせる場面があります。

 

フランス憲兵がイタリアに移民を送り込む?

その一つが2018年10月にクラヴィエーレという村で起きた難民事件です。クラヴィエーレはフランスとの国境付近にあるイタリアの村ですが、そこにフランス国家憲兵隊がアフリカ系の難民を放置して帰っていくという事件が起きました

その様子は、警戒中のイタリア警察に映像で撮られたため大問題に発展。「難民をイタリアに捨てるのがフランスのやり方か?」と、激しい口撃の応酬となりました。

さらにフランス側が公式釈明文書の中で「新人憲兵によるちょっとした間違い」と発言したものだから、事態は火に油を注ぐ結果に。イタリア側は国連に「非人道的なフランスを処罰するべき」と訴える事態にまで発展。

事件現場となったクラヴィエーレの国境付近/©ace yee

 

イタリアとフランスは国交断絶一歩手前の事態に

こうした動きに、もちろんフランス側も黙っているわけではありません。2019年2月、フランスはイタリアの度重なる内政干渉を理由に、駐イタリア大使の召還(本国への呼び戻し)を発表したのです。

フランスのマクロン大統領/©Presidential Executive Office2019

この背景にはイタリアのディマイオ副首相がマクロン仏政権に対する抗議デモ団体と接点を持ち、支持を表明していたことがあります。これはディマイオ副首相の政治的なパフォーマンスという見方が一般的ですが、マクロン大統領はこれを挑発とみなし、大使召還という強硬手段に出たのです。

結局、この事態はイタリアの大統領の介入により収束し、駐イタリア大使はローマに戻りました。しかし、一般的に大使召還といえば国交断絶の一歩手前と言われる非常事態です。そのため、両国では世界大戦以来の緊張が走ったと大きな騒ぎになりました。

 

仲が悪いのは、そもそも近親憎悪なのかも?

国と国はこんな関係ですが、個人レベルではどうでしょうか。念のため記載しておくと、すべてのイタリア人がフランスを憎んでいるわけではありません。(当然ですが)

ただ、表立って敵対することはなくてもお互いに意識しているのは事実で、かなりキワドイ発言が聞こえてくることもあります。例えば、ノートルダム大聖堂が大火災に見舞われた時に、イタリアでは「俺たちもコロッセオに火をつけて寄付金集めようぜ」なんてジョークが生まれたことも……いや全然笑えませんでしたが。

世界中がショックを受けたノートルダム寺院の火災、もちろんイタリアでも大きく報道されました/©Wandrille de Préville

でも正直なところ、日本人の私にとってはイタリアもフランスも同じような国と感じることもあります。

どちらの国民も気分屋で気難しいところがあるし、待ち合わせの時間に遅れてくるアバウトさも一緒。どちらもワインや自国の料理が世界的に有名で、サッカーの強豪国、観光大国などなど。なにかと似ている国なだけに、お互いに対抗心をかきたてるポイントが多いのかもしれません。……もしかして近親憎悪なんでしょうか。

 

隣国よりも強い、イタリア国内の対抗心

さてここまで説明したとおり、イタリアがライバル視する「国」といえばフランスですが、実はそれ以上の対抗心を燃やす相手がいます。それが、イタリア国内の地域同士です。

先にも触れましたが、もともとイタリアは1861年にジュゼッペ・ガリバルディが南イタリアを征服するまで、ずっといくつかの国に分かれていました。それ以前にイタリア半島が統一されていたのは、なんと553年に滅亡した東ゴート王国時代にまでさかのぼります。(何をもってイタリア統一とするかで年号は変わりますが、ひとまず本記事ではジュゼッペ・ガリバルディによるシチリア併合をもってイタリア統一としています。)

統一直前のイタリアは7カ国に分かれていました

上記の地図は統一直前の1843年のイタリアの地図。サルデーニャ王国、パルマ公国、トスカーナ大公国、両シチリア王国、ロンバルド=ヴェネト王国、モデナ公国、教皇国家の7つに分かれていました。つまり、現在は一つの国として統一されているイタリアですが、歴史的に見ればそれぞれの州(日本でいう県です)は別の国だった時代のほうがずっと長いのです

北イタリアの都市ベローナの街並み、同じイタリアの路地でも、下のナポリとはぜんぜん雰囲気が違います

こうした背景もあり、イタリアでは地域や街単位の意識がとても強い傾向があります。日本でも大阪や京都は地域意識が強い気がしますが、それが全国どこにでもある感じでしょうか。僕はイタリア人じゃなくてフィレンツェ人だから、なんて真顔で言う人もいるくらいです。

この意識は日本人の私たちが考える以上に強く、「ミラノの人はスノッブでいけ好かない」とか「ナポリはごちゃごちゃしていて住めたもんじゃない」なんて悪口を言い合うくらいは序の口。「他地域に住むなんて考えられない、転勤しろと言われたら仕事を辞める」なんて本気で言う人だって珍しくありません。

そう言えば私も、5年前にローマからミラノに引っ越すときは「ミラノの人は冷たいからね、きっと好きになれないと思うよ」なんて散々言われましたっけ……。実際は住めば都でしたが。

ナポリの街並みは本当にごちゃごちゃしています、それがまたいいんですけど

イタリアには現在20の州がありますが、その多くはつい近代まで国境を隔てた別の国でした。そのため一口にイタリアと言っても、街の雰囲気も食べているものも結構違います。そして地域意識が強く、自分の住んでいる州の街や食べ物こそが最高だと本気で信じている人も少なくありません。

まあ、それに同意するかはともかく、同じ国にいろいろな文化が混在するのは見ていて楽しいものです。旅行に行くたびに新しい発見があるし、違う国に来たような気分にもなります。

「イタリアのどこがいいの?」

以前はそんなざっくりとした質問に困ったこともありましたが、もしかしたら常に新しい発見がある、この飽きない感じこそがイタリアの魅力なのかもと思うのです。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

鈴木 圭

鈴木 圭

イタリア・ミラノ在住、フリーライター。広告ディレクターや海外情報誌の編集者などを経て2012年にイタリアに移住。イタリア関連情報や海外旅行、ライフスタイルなどの分野を中心に活動中。旅行先の市場でヘンな食べ物を探すのが好き。「とりあえず食べてみよう」をモットーに生きてます。HPTwitterInstagram

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