ミャンマーの正月は国民総出の「水攻め」と「罠団子」で逃げ場なし

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※本記事は特集『海外の年越し』、ミャンマーからお送りします。

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1歩でも外へ出れば水浸し。ずぶ濡れになるミャンマーの年末

ミャンマーの元日は4月17日。これより前の4日ないしは5日間、全土で開催する行事が水かけ祭りです。この祭りはもともと仏像を洗い清める行事だったそうですが、現在では旧年中の穢れを水で洗い清めるというお題目のもと、人間同士が文字通り水をかけ合う祭りとなっています。西暦の元日も一応祝日に指定されており、パゴダへお参りする人も多いですが、ビルマ暦の正月とは比べものにならないほど地味です。

高圧ホースで水をまく人も多く、祭りの間は怪我人が絶えない

タイやラオスなどの上座部仏教を信仰する国では同じような水を掛け合う祭りを行いますが、ミャンマーは他国に比べて秩序がない点が特徴。たとえばタイでは水をかけてよい場所や時間を決め、それを比較的みんなが守りますが、ミャンマーは場所の制限は一切なし。時間も夜6時までと一応決まってはいるもののあまり守られておらず、祭りが始まる数日前に通りがかった車からばっしゃりかけられる、なんて体験にはことかきません。

こうした狂乱状態が続くことで、事故や喧嘩が多発。殺人事件の数も期間中は急増するほどです。数年のうちには安全面から規則を強化し、タイのような秩序ある祭りになるのかもしれませんが。

 

旅行者は携帯とカメラに防水ビニールを

祭りの間は周囲に注意をしながら歩きはしますが、予想外の方向から水が飛んでくることもしばしば。一番やっかいな存在は子どもです。近年は背負った水タンクからホースで繋ぎ、高圧で水を噴出させる機関銃型水鉄砲で攻めてくるのであなどれません。いったいどこのメーカーが発明したのでしょうか。実に迷惑きわまりない玩具です。

手前は水かけ祭りで登場する菓子・モロイエンボー。向こうに立つのは強力水鉄砲装備の子ども

ともかく濡れずに外を歩くことが困難なのがヤンゴンの水かけ祭り。建物を出たとたん、上階の窓からバケツの水が降ってきた、なんて経験をした人もいます。ですからこの期間にミャンマーにいる人は、携帯やカメラなど濡れたら困る持ち物は必ずビニールにくるみ、自衛しておくことが肝要です。

水かけ祭り中、露店で売り出す携帯のための防水ポーチ

ただ、こちらが外国人とわかると一応躊躇する子どももいます。水をたたえたバケツを振り上げつつも「かけるよ? かけていいよね? 水かけ祭りだもんね??」と目で訴えかけながら一瞬動きを止めてくれる場面に遭遇することも。まぁ、結局はかけてくるわけですが。

 

水かけステージは内部も「大雨」

ヤンゴンのような大都市では、水かけ祭りは1年で最大の娯楽です。開始数日前から公園や大通りに大がかりな仮設ステージの建設が開始。ステージは手作り感あふれる幅数mのものから、野外コンサート並の大きなものまでバラエティに富んでいます。前面には何百本ものホースが下がり、祭り期間中、水を放出し続けます。中には消防用の放水ホースの姿もちらほら。

水かけステージに装備されたホースの数はハンパじゃない

ステージ入場にはチケットが必要。毎日通える通しチケットと1日のみのチケットがあり、価格はステージにより異なりますが、だいたい日本円で250円から650円ほどでしょうか。内部にDJブースを備えたクラブスタイルのステージや、有名歌手を招いたコンサートを開催するものなど、特典もステージによりいろいろ。1日中ステージ内で過ごせるよう弁当や飲み物がセットになったタイプもあります。

裏に設置した屋台で買って食べる形式の水かけステージもある

また、ステージから水をかけながら自身も水びたしになれるよう、天井にくまなくシャワーが吹き出る管を通してあるステージも珍しくありません。ヤンゴンっ子たちは祭り期間中、もうどこまでも濡れる気満々なのです。

水浸しになりながらステージで踊りまくる若者たち

こうしたステージから水をまくことを楽しむのはもちろん、逆に仲間や職場で小型トラックを借し切って車ごと水をかけてもらうため、市内の各ステージを行脚する人たちもたくさん。大きなステージが建ち並ぶインヤー湖沿いの大通りやスーレーパゴダ周辺には、水をかけてもらおうというトラックが列を成して大渋滞します。

 

熱狂的水かけ祭りは政権への不満そらしだった?

実はヤンゴンの水かけ祭りがこここまで大々的かつハチャメチャになった時期は、ここ10数年ほどのことなのだとか。市民生活の締め付けが厳しかった軍事政権下で不満をためた庶民のうっぷんを晴らさせようと、政府が意図的に煽ったという外国人社会学者の分析もあるようです。

また、ミャンマーは2006年に首都をヤンゴンからネーピードへ公式に移していますが、これによって単身赴任となってしまった国家公務員の不満を少しでも解消するため、遷都以降、政府は年末年始の休暇を延長しました。そのためヤンゴンでは水かけ祭り休暇が元は5日間だったのが最長で2週間にもおよぶ長期になり、それに伴って祭りも年々大規模になっていったのです。

ふだんの物静かなミャンマー人からは考えられないほど祭りでは熱狂する

 

2017年、衝撃が走った突如の休暇半減!

そして2016年に誕生したのがアウンサンスーチー氏率いる、真に市民の支持を受けて誕生した文民政権です。その経済改革のひとつとして、新政府は年末年始休暇の短縮を決めました。2週間近くに及ぶ休暇はそれだけで経済を停滞させてしまいます。そのうえ休みが明けても公務員はじめ労働者の休みぼけが直らず、オフィスや工場ではだらだらした光景が続き、役所の許認可は棚上げ、工場ではミス続きといった事態に陥っていたのです。

ミャンマーの大手銀行は2017年からすでに、水かけ祭り休暇短縮に踏み切った

しかし、休暇を元の5日間ほどに戻すお触れが出たタイミングが開始の3週間ほど前。多くの人たちが休暇の予定をたててしまったあとだったため、いくら市民の信頼厚いアウンサンスーチー氏率いる政権といえども反感を買ってしまいました。それはそうです。海外旅行を予約していた人などは、すでにキャンセル料がかかる時期に入っていましたから。

結局、2017年に限っては各職場の判断に任せるということで決着しましたが、2018年からは短期休暇で実施される見通しです。短期とはいえ5日間の休みは、正月も3が日しか休まない日本人からみれば十分贅沢ですし、アジアで1、2を争う休暇の多い国であることに変わりはありません。

道行く人にバケツの水をかける、ご近所さんで集まったグループ

 

油断大敵。白玉団子に潜む「唐辛子入り」の「甘い罠」

さて、水かけ祭りのみんなのお楽しみは水かけ合戦だけではありません。ミャンマーではこの期間、たくさんの人たちが通行人に料理やお酒を無料で振舞います。お金持ちだと僧院などに大量の料理を用意し、数百人もの人たちを招待します。その気になればあちこちを渡り歩き、祭り期間中は食事に一銭も使わないことさえ可能なほどです。朝食について書いた記事でも触れたように、こういったところにミャンマー人の考えがうかがい知れます。

とりわけ風情があるのは、モロイエンボーと呼ばれる中に黒砂糖が入った白玉団子を道行く人たちにふるまう習慣です。しかしこの団子には甘くない罠が。何個かに1個、黒砂糖の代わりに唐辛子を仕込むんです。昔から子どもたちに許されている水かけ祭りのイタズラなのですが、実は私はヤンゴンで過ごす初めての水かけ祭りで最初にもらった白玉団子が、この唐辛子入りでした。「ミャンマーの団子って唐辛子入りなんだ!」とその“異文化”度合いを感慨深く嚙み締めていたものです。あとから事情を知り、自分の間抜けぶりを嚙み締める羽目になりましたが。

白玉団子作りに(イタズラに?)励む子どもたち

 

元日には老人ホームでボランティア

こうしたカオスぶりやイタズラばかりではなく、ミャンマーの年末年始風景にはこの国ならではの心温まる習慣もあります。ミャンマー人の多くが信仰する上座部仏教の根底には、現世で自分より弱い人を助け施しをすることで功徳を積めば、来世によりよい生を得ることができる、という考え方があります。そのため1年の始めである元日に、若者たちがお年寄りの髪を洗う習慣があるのです。

現在でこそ、セミロングにしたりパーマをかけたりという若い女性もいますが、ミャンマー女性の基本は腰まで届く長い髪。それだけに洗うのが大変で、洗髪サロンが街中や住宅街にたくさんあります。老人ホームのご婦人方はそういったところへはめったなことでは行けないので、若い人たちが洗いにきてくれるととても嬉しいのです。

もちろん身内の老人の髪でもよいのですが、より徳を積めるということで身寄りのないお年寄りが住む老人ホームを訪問し、入居者たちの髪を洗う若者グループがたくさんいます。前日までは放水ホースで熱狂的に水を掛けまくっていたイケイケの若者が翌日は民族衣装で正装し、老人ホームでボランティアに励む。これもまたミャンマーの年末年始の光景なのです。

おめかしして元日のシュエダゴンパゴダへ初詣に訪れる人びと

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

板坂 真季

板坂 真季

ガイドブックや雑誌、書籍、現地日本語情報誌などの制作にかかわってウン十年の編集ライター&取材コーディネーター。西アフリカ、中国、ベトナムと流れ流れて、2014年1月よりヤンゴン在住。エンゲル係数は恐ろしく高いが服は破れていても平気。主な実績:『るるぶ』(ミャンマー、ベトナム)、『最強アジア暮らし』、『現地在住日本人ライターが案内するはじめてのミャンマー』など。Facebookはこちら

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