韓国の伝統衣装は”チマチョゴリ”じゃない!?時代に合わせて継がれる”韓服”

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※本記事は特集『海外の民族衣装』、韓国からお送りします。

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現代の伝統衣装は特別なときに

韓国の伝統衣装、「韓服(한복、ハンボッ)」。観光地としても知られるソウルの王宮、その周辺にある伝統家屋街では、ここ数年、伝統衣装を着て歩いたり、写真撮影を楽しむ人をよく見かけるようになりました。

そこには日本人を含め、外国人観光客が多いことは確かですが、伝統衣装が人々のあいだで身近なものになっています。

ソウル・景福宮の勤政殿

現代の韓国には韓服を日常的に着る人はほとんどいませんが、日本のお盆や正月に相当する名節(명절、ミョンジョル)や、結婚式、お祭りやその他の儀式といった特別なときに着るものとなっており、そういった意味では、着物や浴衣といった和服と同じような存在だといえるでしょう。

韓国ではそういった事情ですが、日本でも昨今の韓流、K-POPブームを通して、韓服に興味をもつ人が増えているようです。東京で韓服レンタルスタジオを経営する文光秀さんによれば、「最近では大学で韓国語を学ぶ学生たちが卒業式に韓服をレンタルしていくようになった」とも話します。

東京・新大久保での高校生の韓服体験イベント(左から5人目の方は韓服デザイナーの李香順さん)

次に、韓国ではどのようなときにどのような民族衣装を着るのかご紹介します。

 

名節(旧正月)のときのキャスターは韓服姿

お盆にも例えられる旧暦8月15日の「秋夕(추석、チュソク)」、そして旧暦1月1日の旧正月であるソル(설)といった名節のときには、墓参りや親族へのあいさつを行います。そんな日に着るものが韓服で、テレビのお天気キャスターも韓服姿で登場します。

 

祭祀のときに着る祭礼服

祭祀を行う時に着る伝統衣装を「祭礼服(제례복、チェレボッ)」といいます。

祭礼服を着て、ナツメの木の前で祭祀(忠清北道報恩郡・報恩ナツメ祭り)

上の写真は地方のとある郡で行われたお祭りのときのもので、樹齢400年のナツメの木の前で祭祀を行っている時の様子です。ちなみに赤い服を着ているのは郡守(日本でいう市町村長)です。

 

農楽のときに着る民族衣装

「韓服」と聞いたときにイメージされるものとは異なりますが、百姓たちが着ていた服が「民服(민복、ミンボッ)」です。農村では豊作を祈願したり、祝ったりするときに農楽(농악、ノンアッ)という踊りや演奏をともなった伝統芸能を行っていたのですが、そのときには下のような伝統衣装を着ていました。

お祭りで行われた農楽の様子(全羅南道光陽市・光陽梅花祭り)

これらは現代ではお祭りや、舞台芸能としてよく見られますが、白衣の民服をベースに青のチョッキや、赤・青・黄の三色の帯を身に着けます。この三色は韓国の伝統色である五方色のなかでも「三太極(삼태극、サムテグク)」ともいい、それぞれ天、地、人を表します。

韓服にはこれらの他にも結婚式で着る「婚礼服(혼례복、ホルレボッ)」、葬儀のときに着る「喪服(상복、サンボッ)」などがあります。また満1歳を祝う「トルチャンチ(돌잔치)」では、小さな子どもが韓服を着たりします。

 

伝統衣装はチマチョゴリとは言わない!?

日本ではかつて朝鮮学校の制服として採用されていたこともあり、「チマチョゴリ」という言葉を知っている人は多いかと思います。しかし、韓国ではこうした伝統衣装のことを、一般的には「チマチョゴリ」とは呼びません。先にも述べたように「韓服(한복、ハンボッ)」といい、北朝鮮では「朝鮮服(조선옷、チョソンオッ)と呼んでいます。

チマ(치마)とは女性用の下衣を指すほか、スカート全般のことを指す言葉。そしてチョゴリ(저고리)は上衣のことです。そして男性がはくのは「パジ(바지)」で、これはズボンを指します。つまり単に「上下の衣服」という意味なのですが、「チマチョゴリ(치마저고리)」「パジチョゴリ(바지저고리)」という言葉が存在しないわけではなく、辞書には載っています。

韓国であえてこの言葉を使う人がいたら、それは日本人にわかりやすく説明しているものと思われます。

 

朝鮮時代の韓服は身分により区別されていた

韓服の歴史を紐解いてみると、極めて長い歴史をもつことがわかります。高句麗(紀元前37年頃~668年)時代の壁画に描かれていた衣類が韓服の原型だと考えられており、高句麗、百済、新羅の三国時代はそれぞれの国で衣装が異なりましたが、なかでも新羅は特に唐(中国)を受け、のちの高麗時代にはモンゴルの影響も受けてきました。

そして、朝鮮時代は儒教社会であったため、身分や年齢、婚姻の有無などにより、服の色や素材が決められていました。「白衣民族(백의민족、ペゲミンジョッ)」という言葉もあったほどで、民衆は主に白い衣装を着ていたともいわれますが、全く色付きを着なかったわけでもないようです。

下の写真は朝鮮時代の貴族にあたる両班(양반、ヤンバン)が着ていた韓服です。

朝鮮時代の両班が着ていた韓服(釜山・韓服体験展示館)

朝鮮時代の両班の家の前にて

※白衣民族など伝統衣装のカラーについては以下の記事でも少し触れています。

“基本の五方色”と”流行のパステルカラー”、変わりゆく韓国の色彩感覚。

現在、韓国で一般的に「韓服」と呼ばれているものは、主に朝鮮時代に着られていたものだといいます。

 

女性たちが身に着けていた装身具

韓服は装身具もいろいろとあり、以下は女性に用いられていたものです。

こちらはチョゴリ(上衣)の結び目につけて使うもので、ノリゲ(노리개)といいます。こうしたものは主に上流階級の女性たちを中心に使われてきました。

また、女性たちは髪を頭の後ろでお団子状に結い、そこに「ピニョ(비녀)」と呼ばれるかんざしを刺していました。これは一般の女性も使っていたようですが、両班たちはより華美で、質の良い素材が使われるなど、区別されていたそうです。

ここまでは現代にもつながる朝鮮時代の韓服、そして装身具をみてきました。朝鮮時代には身分により区別されていましたが、日本統治時代に入っても民衆たちは日常的に白衣を着ていたようですし、その後白衣は独立運動家の象徴とも認識されます。朝鮮戦争(1950~1953)の写真を見ても、この時点ではまだ、白衣を着ている人も見られます。

その後も地方の農村では女性を中心に普段着は白衣、外出のときにはおしゃれな韓服を着ていた人もいたようですが、ついには全国に渡って日常的に着る人は見られなくなりました。

 

日常的に着られる改良韓服(生活韓服)の登場

その韓服に再びスポットライトが当てられたのが、1990年前後のこと。「韓服を取り戻そう」という動きが起こり、韓服を現代風にアレンジした「改良韓服(개량한복、ケリャンハンボク)」が生まれます

改良韓服の一種

改良韓服は多種多様で、パッと見ただけでは韓服とは思えないようなものまであります。私がとある市場で改良韓服を買おうと眺めていたところ、形としてはワイシャツのようでありながら、韓服で使う染料や素材を使っていると思われる品物もありました。

その後、「改良韓服」という呼称に「『もともとの韓服をより良くする』という意味が生まれてしまう」ということや、日常生活の中で着る韓服ということから「生活韓服(생활한복、センファルハンボッ)」とも呼ばれています。

これらは韓服ショップでも販売されていますが、生活韓服だけで上下を揃える、という方法はもちろん、ファッションの一部として取り入れる人もいます。有名人では防弾少年団のジョングク(정국)もそのひとりです。近年では日本でも韓国発のファッションが若者を中心に人気を集めていますが、通販サイトの中では生活韓服も取り扱われていたりします。

 

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最近はドレス風のフュージョン韓服が人気

そして冒頭の写真にもあるように、2016年頃からはソウルにある王宮や韓屋(伝統家屋)の街を韓服姿で歩く人が急激に増えるようになります。外国人観光客が多いのは確かですが、韓国人のなかにもコスプレ感覚で楽しむ人はいます。

もちろん、それ以前にも公共施設での伝統衣装体験コーナーというのは存在していましたし、観光客のなかには写真館を訪れて旅の記念として撮影していく人もいました。

ただここ数年で着られるようになった韓服は、伝統的な韓服とは見た目からして何かが異なります。これらは韓服をドレス風に仕立て上げた「フュージョン韓服(퓨전한복、ピュジョンハンボッ)」で、改良韓服の一種です。

現地ならではの服装で写真を撮り、SNSで共有したり、インスタ映えを楽しむのは世界的な現象だといえますが、それでも韓服を楽しむというのは、場所は限定的であるとはいえ、ある種の流行のようです。

こうした背景には、韓国政府が伝統文化の普及を積極的に行っていることもあるといえます。2010年代以降、景福宮のような古宮が定期的に夜間開放を行ったり、韓服を着用することで入場料が無料になるという施策を打ちだし、実際に景福宮の入場者数が伸びたといいます。

景福宮にはドレス姿のフュージョン韓服が目立つ

 

伝統を土台に変化させ、流行にまで導く韓国

このように韓国では、改良韓服、そしてその一種であるフュージョン韓服など、伝統が新たな要素を取り入れた形で浸透させようとします。そうした過程を見ていると、韓国では「伝統や文化を大切にする」ということを通して、韓国人としてのアイデンティティ、少し具体的にいうならば、愛国心や民族意識を呼び覚まそうとしているように感じるのです。

日本では和服に限らず、伝統芸能や伝統工芸が衰退していく傾向にあるといいます。伝統をそのまま受け継ぐことも大切ですが、韓国の「改良韓服」や「フュージョン韓服」のような形で、流行といえるまでに発展するようになれば、伝統的なものの良さが見直されるようになるのではないでしょうか。

 

取材協力

韓服レンタルスタジオOMOIDE
一般社団法人韓服普及協会

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この記事を書いた人

吉村 剛史

吉村 剛史

東方神起やJYJと同年代の1986年生まれ。「韓国を知りたい」という思いを日々のエネルギー源とするも、韓国のオシャレなカフェには似合わず日々苦悩。ソウルや釜山も好きだが、地方巡りをライフワークとし、20代のうちに約100市郡を踏破。SNSでは「トム・ハングル」の名で旅の情報を発信。Profile / Twitter / Facebook / Instagram / 韓旅専科

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