礼拝所、学校、ときには寄り合い所、カタールのモスクを一から十まで

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モスクはアラブを象徴する建築

イスラーム(イスラム教)あるいはアラブと聞いて、誰しも真っ先に思い浮かべるのは、大きなドームと突き出した尖塔を持った建物「モスク」ではないでしょうか。

その特徴的な外観は各地域の文化を色濃く反映していて、イスラム教徒が礼拝をするための場所というだけでなく、歴史的建造物としても重要な意味を持ったモスクが数多くあります

一方で、トルコのブルーモスクのような観光客向けに一般開放されているものを除くと、ムスリム(イスラム教徒)以外は中へ入ることが難しいため、どこか神秘的なイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。

イスラム教を国教とするカタールには、国内各地に大小様々なモスクが存在しています。筆者は勤め先がこれらモスクの建設や維持管理を業務の一部としている関係から、新築あるいは改築されたモスクの撮影のために国内あちこちへ赴くことがあります。

今回はそんな知られざるモスクについて、貴重な写真などを交えながら紹介したいと思います。

 

モスクの語源と3条件

ムスリムが礼拝を行う建物をアラビア語で「مسجد」(マスジド)と呼びます。これは礼拝の動きの一つである「سجدة」(ひれ伏す、ひざまずく)という単語から派生した「ひれ伏す場所」を意味しています。そこからスペイン語に訳された際に「Mezquita」(メスキータ)と訛り、更に英語では「Mosque」(モスク)へと変化。この記事では日本で馴染みのある「モスク」を使用することにします。

基本的なモスクは、

  • 礼拝スペース
  • メッカの方角(キブラ)を示すくぼみ(ミフラーブ)
  • 礼拝の呼びかけ(アザーン)のための尖塔(ミナレット)

を備えています。

左から「礼拝スペース」「ミフラーブ」「ミナレット」

通常はこれらが揃った独立した建築物をモスクと呼び、ビルなどの建物の一室に設置された礼拝所は「مصلى」(ムサッラー、礼拝をする場所という意味)として区別しますが、呼びかけのためのミナレットがない以外は果たす機能はどちらもほぼ同じです。日本ではビルの中に設置された礼拝施設をモスクと呼んでいるところもあります。

トルコのブルーモスク

モスクと言えば、トルコやイランの色鮮やかなタイルに覆われた姿を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。20年以上前のことになりますが、筆者が旅行先のイランで訪れたモスクはブルーを基調にした緻密なタイル張りのその外観に圧倒されました。そればかりでなく、礼拝のために中へ入るとこれまた細かなタイル模様、更に壁も天井も鏡張りで覆われているのにビックリ。礼拝中もなんとなく落ち着かなかったのを覚えています。

一方で、アラブ圏、特に湾岸諸国では内外ともに装飾を排したものが多く、中でもカタールでは古くからのスタイルを踏襲したシンプルなモスクが大半を占めています。

 

基本設計は礼拝者数により5パターンに分かれる

カタール国内でモスクを新しく建設する場合、「外観はオスマントルコ風がいいな」とか「内装は派手目にしたいな」などと好きなようにデザインできるわけではありません。最小は100人から最大で5000人まで礼拝者数に応じた基本的な5パターンの設計図が決められていて、建設する土地の広さや周辺の住宅数などを基にこの中から選択することになります。

管理下にあるモスクは全て番号が付けられており、2019年現在で最新は1300番台です。番号のない古いモスクや個人の屋敷内に併設されたモスクなどを含めると、カタールにはおよそ1500軒のモスクが建っていることになります

礼拝者数1,200名用の立体モデル

建設中のモスク

モスクには駐車場が完備されていますが、1日5回の礼拝にやってくる人たちのための場所であることから、礼拝時間外、つまり礼拝以外の目的で駐車した場合は罰則の対象となります。警察による取り締まりを受けると、300リヤル(約9,000円)の罰金が課せられます。

またモスクには、イマームと呼ばれる礼拝先導者、ムアッジンと呼ばれる礼拝の呼びかけを行う人のための住居がそれぞれ併設されています。いずれも試験を経て採用される国家公務員で、特に前者は家族の呼び寄せが認められているため、民間に勤める外国人労働者が見れば羨むような広い住宅がモスクの隣に提供されます。

上から見ると三角形になっているモスク

土地の形状が三角形に近い、敷地面積が足りないなど、基本通りの建て方では収容人数を満たせないような特殊な場合は、パターンを元にした設計の変更が認められます。この場合、イマームやムアッジンの部屋も戸建てではなくモスクの上層階に設置されています。

 

中はモスク共通の質素な装飾のみ

さて、外観よりも、皆さんは内部の様子が気になるでしょう。

モスクの中、いずれも男性用の礼拝室

ご覧のとおり、外観同様に中も非常にシンプルな作りとなっています。後述するモスク見学ツアーでは、参加者の多くを占めるクリスチャンが「崇拝対象になる偶像や、儀式に使用するような装飾品が全く見当たらない」ことに驚く場面がよくあります

前方中央にミフラーブと呼ばれる礼拝の方向(つまりサウジアラビアにあるメッカの方角。この方角のことをキブラと呼びます)を指し示すくぼみと、横一列に並ぶための基準線を織り込んだ絨毯が敷き詰められているだけ。絨毯の色については、基本的にこの緑もしくは赤の2色から選びます。

キブラによってモスクの位置を決めるため、敷地や隣接する道路に対して水平ではなく斜めに建っているモスクも少なくありません

金曜日のお昼の集団礼拝の際に、イマームは「ミンバル」に立って説法を行う

上の写真ではミフラーブの中に木製の台のようなものが見えますね。これは金曜日お昼の集団礼拝の際に、イマームが説法を行うためのもので「ミンバル」と呼びます。同じものがひとつ前の写真にはありませんが、このモスクは通常の礼拝にのみ使用され、金曜日の集団礼拝は行われないことを意味しています。

女性用の礼拝スペースは中2階に設置されることが多い

礼拝は男女別々で行う決まりのため、女性用の礼拝スペースは同じモスク内の中2階に設置されている場合が多いです。

左が男性用、右のサイン横のドアが女性用の入り口

女性用は男性用の礼拝スペースを見下ろせるバルコニーのようなスタイルが主流です。入り口も男性用とは別になっています。

また、礼拝の前にはウドゥーという清めが必要です。これは流れる水を使って行う動作で、そのため各モスクにはトイレとは別にこのウドゥーのための設備があります

ウドゥーを行うための設備。タイル張りの椅子に腰掛けます。

毎日の清掃は以前はイマームかムアッジンが行なっていましたが、最近は専門の清掃業者に依頼しており、どのモスクにも1~2名の清掃員が常駐し、各礼拝時間の前に掃除機などを使って清掃を行っています。

 

たまに見かけるモスクの謎立地

冒頭で触れたように、撮影の仕事で完成したモスクへ赴くことがあります。事前に関係部署から手渡された位置コードをオンライン地図上に入力して場所を確認するのですが、時折「何故こんな何もないところに?」という案件が。


何もないところにポツンとモスクが

郊外の広大な土漠地帯。王族の所有と思しき農場が点在するその真ん中辺りにポツンと建てられた真新しいモスク。いったい誰の要望なのかと職員に聞いてみると「そのうちこの辺にも人が増えるだろうから、その時になって不満が出ないように先手を打っている」らしい。それ、いったい何十年後の話ですか?

そんな辺境地帯のモスクにも当然ながら住み込みのイマームやムアッジンが派遣されてくるわけで、いったいどうやって生活しているのかと心配になります。

なおモスクが建っている土地の大半は個人の私有地です。土地の所有者がモスク建設用地として利用してもらうために「寄進」という形で宗教省へ登録します。ただし、所有権は放棄していないため、正当な理由が認められれば、モスクを取り壊して土地を所有者へ返却するケースも僅かですがあります。

 

観光客にも開かれたグランドモスク

冒頭でも述べましたが、通常モスクにはムスリムだけが入れます。これに関しては法律などで明文化されているわけではありませんが、礼拝をするための場所として異教徒が立ち入ることをよく思わない人も少なくないため、ムスリムの友達が同伴するなど特殊な場合を除き、むやみに中へ入ることはしないのがマナーです

伝統的デザインを現代風にアレンジした外観

それでも「中を見てみたい」という人のために、カタールでは幾つかのモスクで見学ツアーを催行しています。その中でも最も大きいモスクが「ジャーミア・イマーム・ムハンマド・ビン・アブドルワッハーブ」、通称「グランドモスク」です。

中もやはり儀式めいた装飾品なども一切なくシンプルですが、高い天井が荘厳な雰囲気を漂わせています

サウジアラビアの高名なイスラーム学者の名を冠したこのモスクでは、屋内だけで男性11,000人、女性1,200人、中庭の屋外スペースも含めれば合計30,000人が同時に礼拝を行うことができます。特徴的な大小合わせて90個のドームとシンプルなデザインのミナレットは、湾岸アラブの伝統的なモスクのスタイルを元に設計。

トイレとウドゥー(礼拝前の水を使った清め)のための設備は地下に設置され、後者で使われる大量の水は全て地下の設備によって循環利用されている上に、照明はすべてLEDと今どきのエコフレンドリー仕様となっています。

モスクツアーの様子、専門のガイドが英語で案内します

このモスクには英語を話せる外国人職員が常駐していて、ツアー客などのガイドを行なっています。また月に一度、イスラミックセンター主催の見学ツアーが行われており、その際にはモスク内部で礼拝の仕方など詳しいレクチャーを受けることが可能。

モスクへ入る時は、男性は半袖か長袖のシャツに長ズボン、女性は全身を覆うような服装が求められます。短パンやタンクトップなど露出度の高い格好は男女に関わらずNGとなります。女性用のアバヤ(全身を覆う衣装)については見学時に貸出があり、事前に着用してから中へ入ります。

このモスクが他と決定的に違うのは、24時間警備員がいること。見学者は入口でバッグ等を預ける必要があります。また残念ながらカメラの持ち込みは禁止で、原則として外観の撮影も警備員から注意を受ける場合があります。これはモスクのイメージが商品売り込み広告に掲載されるなど、本来のモスクあるいは宗教的文脈とはかけ離れた使われ方を防ぐためです。ただし、スマホでの撮影は許容範囲。記念撮影程度であれば問題ありません。

なお、このモスクには管理番号として「1111」が特別に割り振られています。

 

周辺環境に合わせた独自デザインのモスク

カタール国内で建設するモスクは基本デザインが決められていると述べましたが、独自のデザインを採用したモスクも幾つか存在しています。学研都市であるエディケーションシティなどの特定のエリア内に建てられるモスクは、周囲とのデザインの調和を優先して、エリア管理者による独自の設計が認められる場合があるのです

アスパイアモスク

こちらはアスパイアゾーンと呼ばれるスポーツ複合施設エリアにあるモスク。男女合わせて約850人が同時に礼拝できるように設計されています。このモスクでは金曜日お昼の説法を英語で行なっており、アラビア語が解らない外国人が大勢聞きにやってきます。

HIAモスク

もう一つご紹介。こちらはハマド国際空港内にあるモスク。空港職員はもちろん、旅行者などが礼拝を行うために建設されました。

 

どのモールにも必ず礼拝所がある

冒頭でモスクとは別に、ムサッラーと呼ばれる礼拝施設があることに触れました。このムサッラー、カタール国内のショッピングモールやスタジアムなど公共施設の中に必ず設置されています。モールでは礼拝の時刻になるとアザーンが響き渡り、多くの客が買い物の手を止めて礼拝所へと向かいます。

一番下の右から2番目、ドーム風のピクトグラムが「礼拝所」のサイン

礼拝所の隣にはトイレ、そしてウドゥのための設備もあります。このような礼拝所では、モスクとは違いイマームが常駐しないため、礼拝に訪れた客や職員の誰かがその役を買って出ることになりますが、立派な髭を生やして民族衣装を着ているせいか、その役が私に回ってくることがよくあります。

 

地域の中心としてのモスクの存在

礼拝は清潔な場所であれば何処でも行うことは可能で、必ずしもモスクが必要というわけではありません。しかし、礼拝の時間になると近隣の人たちが集まることから、モスクには礼拝以外にも様々な役割があります。

例えば、午後の礼拝が終わると近所に住む子供たちがイマームからクルアーン(コーラン)の暗唱について習う姿を見ることができます。また礼拝の前後に顔を合わせた人たちが近況を尋ね合ったり、生活上の疑問や問題をイマームに相談することも。つまりモスクとは学校であり、寄り合い所でもあるのです。

近年の人口増加に合わせるように数を増やすカタールのモスク。これからも、地域に暮らす人たちを結ぶ拠り所として存在し続けていくことでしょう。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

福嶋 タケシ

福嶋 タケシ

1970年生まれ、大阪出身。1999年にUAE大学留学。2002年よりカタール在住。現地政府所属の公務員として、写真撮影およびメディアリサーチ等を担当。ラクダをこよなく愛し、鷹匠に憧れる日系ベドウィン。Instagram / 『遊牧民的人生

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