「LGBTフレンドリー」を謳うイスラエル、その実態と政治利用に見られる葛藤。

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※本記事は特集『海外のLGBT事情』、イスラエルからお送りします。

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中東一LGBTフレンドリーと言われるイスラエル

ユダヤ教国家のイスラエルは、実は世界的にも『LGBTフレンドリー』な国として知られています。中でも、最大の商業都市であるテルアビブは、ヨーロッパ圏でも、LGBT向けの観光地の中では人気スポットとして有名です。

このLGBTフレンドリーという言葉は、「LGBTの人々に対して寛容でウェルカムである態度を表現する言葉」として使われます。なお、LGBTをLGBTIQ(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender/Transsexual, Intersex and Queer/Questioning)、LGBTフレンドリーをゲイフレンドリーなど、呼び方は様々ありますが、記事内ではLGBTフレンドリーで統一して話を進めていきます。

レインボーフラッグとイスラエルの国旗を合成したデザインのタンクトップ

 

LGBTフレンドリーの象徴「レインボーフラッグ」はためくテルアビブの街

テルアビブの街中では普段から、LGBTフレンドリーの象徴である虹色の旗『レインボーフラッグ』を見かけることがあります。

大通りアレンビー通りに面するゲイバーに掲げられたレインボーフラッグ。

レインボーフラッグを掲げるのは主にゲイバーなどのLGBT向け施設ですが、そうでない商業施設や一般家庭が思想の表明として掲げている場合もあります

同じ並びにあるコーシャピザ屋の2階の住宅スペースから掲げられたレインボーフラッグ

スーパーマーケット『am.pm』に掲げられたレインボーフラッグ。

レインボーフラッグが街中で堂々はためく光景というのは、中東の大半を占めるイスラム国家ではありえない光景です。イスラム国家では、LGBTの人々が結婚や就職ができなかったり、処罰の対象になるなど、日常生活がまともに送れないケースが存在します。近隣国家がそういった状況なので、LGBTフレンドリーを謳うユダヤ教国家であるイスラエルは中東エリアでは異色の存在です。「中東一」と考えられるのは地域的要因が大きいと言えます。

 

日常的に消費されるテルアビブのLGBT娯楽

それではここで、テルアビブにある、LGBTのための代表的な娯楽スポットや観光地をいくつか紹介していきましょう。それらは、昼夜人気のゲイバー、海の町ならではのゲイビーチ、平日のドラァグクイーンショーなどがあります。

性別を問わず昼も利用されるゲイバー「シュパガット」

テルアビブにゲイバーは2軒あり、最も人気なゲイバーが『シュパガット(Shpagat)』です。日本のカフェやバーのように男女問わず団らん目的で利用され、夜はゲイ男性の客が増えます。ただし、この記事には登場しませんが、もう一軒はセックス目的でも使われるクルージングバーで、男性専用となっています。

昼のゲイバー『シュパガット』。LGBT以外の客にも広く利用される。

ゲイ男性専用というわけではなく、ゲイもたくさん来るおしゃれなバーといった雰囲気の場所です。テルアビブの中心部にあるナハラベンヤミンという通りにあり、住宅街に溶け込んでおり、隠れている様子は一切ありません。

週末の夜のシュパガット。ゲイ男性がほとんどだが、女性客の姿もちらほら。

週末は特に人気のゲイビーチ「ヒルトンビーチ」

西側が全て地中海に面しているテルアビブは「地中海リゾート」などと言われることもあり、「ビーチで過ごす」という文化が日常に根付いている街です。そんなビーチの中でも、『ゲイビーチ』と呼ばれるエリアが存在します。

小屋の屋根の色も虹色に

テルアビブ北側のヒルトンホテルの前にあるヒルトンビーチがゲイビーチとなっており、LGBTの観光客に特に人気のスポットです。イスラエルは日本の四国より一回り大きい程度の小さな国。テルアビブは海沿いのちょうど中心部(高知県高知市のような)にあるので、アクセスしやすく、国内各地に住むゲイの方が週末にここを訪れたりもします。

ゲイビーチでくつろぐ人々

平日にドラァグクイーンショーを定期開催する音楽バー「デザイア」

こちらは「デザイア(Desire)」という音楽バーで、ゲイバーでないにも関わらず、毎週火曜日にドラァグクイーンによるショーが開催されています。平日ど真ん中にも関わらずショーは人気で、大半がゲイの客ですが、そうでない客の姿も多くみられるのが特徴です。

『デザイア』のバーカウンター

ドラァグクイーンは過度に女性に扮して行うパフォーマンスやパフォーマーのことです。日本ではマツコデラックスさんがこれに該当します。LGBTの娯楽文化が一般その客にまで消費されているというのはテルアビブならではの様子です。

店内でパフォーマンスするイスラエル人のドラァグクイーン

 

世界最大級のテルアビブのレインボーパレード

LGBTフレンドリーな国として世界的にイスラエルが注目される理由の一つが、テルアビブで毎年開催されるレインボーパレードです。このパレードの様子がニュースでよく注目されます。 レインボーパレードは本来「LGBTの権利向上や差別廃絶などを訴えるデモ行進」ですが、テルアビブでは一般人も盛大に巻き込んだ「祭」の様相を呈しています。

テルアビブの海岸通りを埋め尽くすレインボーパレードの波

レインボーパレードが実施される期間はプライドウィークと呼ばれ、主に6月に世界各地で開催されます。パレードには「ゲイパレード」「LGBTパレード」「CSD(ベルリン)」など、様々な呼称がありますが、これらは各地域のプライドウィークに開催されるメインイベントとしてのデモ行進のレインボーパレードを指します。

イスラエルの国旗を担いで歩くレインボーパレード参加者

レインボーパレードの様子

音響機器を積んだトラックが爆音で鳴り響く中、参加者の多くが踊る。デモ行進というよりは、「歩くダンスクラブ」のような様相を呈していると言っていいでしょう。LGBTの当事者ではない男女や子供の姿も数多く見受けられます。京都出身の私としては、(テンションが高めな)祇園祭を彷彿とさせます。

レインボーパレードの行進

パレードで行進しながら踊る少女達

なお、2018年のテルアビブレインボーパレードには約25万人(約3万人は外国人観光客)が参加したと言われています。人口たった40万のテルアビブでこれだけのイベントが成立することを考えると、数字だけでもその異常な注目度が伺えるのではないでしょうか。

パレードを行進するマイクロソフト社のトラック

パレードの進路を虹色で表示するグーグルマップ

レインボーパレードでは、その趣旨に賛同する各国の大使館や協賛企業などのトラックも列に続きます。これらのパレードの行進は時間とルートが決められており、当日のグーグルマップには虹色でルートが表示されていました。ただのパーティではなく、用意周到でクールな側面も感じられます。

パレードの外でも、老若男女がその様子を見ている。

LGBT当事者だけの身内のゲイパーティではなく、一般人も盛大に巻き込むイベントであることがテルアビブレインボーパレードの大きな特徴といえます。イスラエルで盛り上がる年間行事というのはいくつかありますが、観光客や一般人をこれだけ巻き込めるイベントは他に類を見ません。

街の風景すら変えてしまうのもテルアビブのレインボーパレードの特徴です。パレードの行進ルート周辺2kmほどでは「明らかにいつもと何か違う」レベルの変化が感じられました。これは小国ならではの可視化された変化だと言えます。

子連れの男性。自転車のカゴにはレインボーフラッグ。

レインボーフラッグを纏う通行人

あえて学校で例えるならば、「生徒30人がいる教室に15人ほどハイテンションな転校生が押し寄せ、彼らのほとんどが虹色のグッズを身につけている。教室をよく見ると、先生も虹色のグッズを身につけ、黒板にも虹色の落書きがなされている。これが毎年6月の風物詩。」といった具合です。

レインボーパレードはテルアビブに住む限り、無視できない文化のように思いました。しかし、一般人を巻き込むパレードであるがゆえに、その中心が必ずしもLGBT当事者であるという訳ではありません。そこで、昼が一般人なら、夜はゲイです。

 

LGBTフレンドリーを担保する裏レインボーパレード

レインボーパレード前後の夜は、テルアビブのビルもプロジェクションマッピングで妖しくうねります。レインボーパレード前後の夜のゲイイベントは、その国のプライドウィークの評価、ひいてはLGBTフレンドリーか否かの総評に関係してきます。

ゲイ男性が殺到する夜のゲイバー

どこの国でも、レインボーパレードが開催される前後の夜はゲイ娯楽が盛り上がります(ゲイバーで前哨戦→ゲイクラブで本番といった流れ)。ゲイにとっては夜の娯楽も込み、というかそれが最大の目的という方も少なくありません。

ゲイバー『シュパガット』の前の通りの様子

テルアビブのゲイバー「シュパガット」も、例にもれず非常に混雑しています。無数のレインボーフラッグで装飾され、通りは普段と比べ物にならない数のゲイの客で埋め尽くされます。外国人観光客も多いです。

「世界屈指」の盛り上がりを見せる夜のゲイクラブ

ゲイクラブの入場待ち

どこの都市でも、表のレインボーパレードに相当する裏メインイベントが必ず開催されます。テルアビブでは「BEEF」というゲイクラブイベント。これはレインボーパレード前夜の様子であり、参加客のほぼ100%がゲイ男性です。ここではかなりの割合(体感では半分以上外国人)で外国人観光客に出会います。

会場のメインフロアを埋め尽くすゲイ男性

ちなみに「BEEF」はふだんからテルアビブを代表するゲイクラブイベントで、月に1回ほどのペースで、ほぼ定期開催されています。これに合わせてやってくるヨーロッパのゲイ観光客は少なからず存在します。テルアビブはヨーロッパの都市から直行便があり数時間程度で移動できるので、ヨーロッパの国内旅行の感覚で移動できるのです。

エナジードリンクを飲むゲイ男性

半裸でレザーを着るというのは、ゲイにとってもハードコアと言えます。驚くべきなのは、イスラエルのハードコアイベントでこれだけの集客があるというところです。ドレスコードはなく、来場客は自主的に服を脱いでいます。その客層でこれだけクラブが満員になるというのは、「世界的な人気」と言っても文句がない内容といえるでしょう。

昼のレインボーパレードで一般人をどれだけ巻き込み、夜のゲイイベントでどれだけコアなゲイを満足させるか。評判として「レインボープライドすごいよかったね」となる場合、この2つの軸がどちらも優れているケースが考えられます。

小さい国のイスラエルだからこそ盛り上がりが余計目立つので、局地的な瞬間最大風速の強さを指してLGBTフレンドリーの度合いを推し量るならば、「世界屈指のゲイタウン」とテルアビブが考えられるのもわかる気がします。

 

LGBTフレンドリーなイスラエルは「寛容」なのか

国策としてのLGBTフレンドリー

まず前提として、イスラエルがLGBTフレンドリーをアピールをしていることは事実といえます。首相自らLGBT擁護を表明、イスラエル大使館の各国レインボープライド公式参加、イスラエル観光省による宣伝など、アピールには抜かりがない印象です。

LGBTコミュニティに対して声明を発表するベンジャミン・ネタニヤフ首相

一方で国民の意識も高く、2018年6月22日にはイスラエルの代理母出産に関する法律をきっかけにLGBT差別に対する大規模なデモへと発展し、テルアビブの中心部に位置する「ラビン広場(Rabin Square)」に1万人ほどの集会デモが起こりました。企業がストライキ参加のための有休を出したりするなどと根回しも成功していたとされ、「世界初のLGBTストライキ」とも言われています。

ラビン広場のLGBT差別への抗議デモ

余談というか、ラビン広場が家から見える私の個人的意見ですが、この国に何かあるときは決まってラビン広場で集会が起こるので「ラビン広場の変化はイスラエルの変化」と考えています。なお、テルアビブレインボーパレードの起源とされる1979年の抗議活動もここで行われたそうです。

切っても切れない「ピンクウォッシング」問題

東京の人口に満たない規模の国であるイスラエルにしては異常なまでのLGBTフレンドリーっぷりですが、これに関してよく言われる問題が「ピンクウォッシング(Pinkwashing)」です。金儲けのためにLGBTフレンドリーである印象を利用したり、それを盾に他の問題をうやむやにする態度を指します。

通常は態度や企業を指す言葉ですが、名指しで国がピンクウォッシングと批判されるのはイスラエルだけです。そしてそれが意味するのはいつも、「パレスチナ問題」。「イスラエルはLGBTフレンドリーでパレスチナ問題を相殺させたい思惑があるのでは」ということです。

しかし、一方ではゲイのパレスチナ人を保護する一面から「パレスチナ人のゲイを保護しているのはイスラエルだけ」といったカウンター的な見解意見も存在し、まさに現在進行形の議論といった様子です。うがった見方をすれば、こんなにLGBTフレンドリーで盛り上がっても、結局はパレスチナの一点で批判されるのです。

ことLGBTに関しては「ゲイにとってパレスチナに居場所はなくてイスラエルにはある」というのは事実です。しかしイスラエル国内にも極右思想を支持する活動家というのは存在し、アラブ人というアイデンティティがヘイトクライムの対象になるケースが存在します。

パレードの中で、「ピンクウォッシングに反論するLGBT」として抗議する人々

そんな何色かもわからない状況で見るテルアビブのレインボーパレードですが、一つだけシロクロはっきりしていた意見があります。

「LGBTはピンクウォッシングに反対。プライドはアパルトヘイトにあらず」

私たちはゲイだが、人種差別に与しない。LGBTは良くてパレスチナはアカン、とか無いから」という声が聞こえてきそうな、ピンクウォッシングへのカウンター。抗議活動としてのデモ行進の本質を突いている、と思えた唯一の意見でした。

終始パーティーの様子を呈したレインボーパレードでしたが、ピンクウォッシングに反論するこの意見だけは、イスラエルでイスラエルのLGBTコミュニティじゃなきゃ言えない説得力のある意見。つまり、イスラエルのレインボーパレードだからこそ言うべきことなのではと私には思えました。

普段の娯楽は大したことないのにレインボーパレードでいろいろ割増になっている感じをゲイとして見ていても、いちゃもんつけたくなる気持ちがわからなくもありません。しかしながら、攻めて押しのけて勝ち取っていくことが結果オーライで許される寛容さは、羨ましくも感じるのです。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

がぅちゃん

がぅちゃん

イスラエル・テルアビブ在住のネイティブ京都人。京都市立芸術大学卒業後、米国人の同性パートナーとベルリンに移住し、ライターとして活動を開始。旅メディア・世界新聞の編集長を経て現在に至る。日本、イギリス、カナダ、ドイツでの生活経験がある。ブログツイッターユーチューブ

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