2018.10.15

アメリカ最大の日本人街・LAのリトルトーキョー、「郷愁」と「流行」の顔を持つ街。

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世界各地に存在する日本人街。実際のところ、どんな様子なのか? 現地からレポートしてもらうと、驚きの実態や歴史が分かってきました! アメリカ最大の日本人街、ロサンゼルスのリトルトーキョー。130年余の歴史を持ち、その風土から随所に明治時代を思わせる街並みが見られます。しかし、「古き良き」……ばかりではなく、最先端のトレンド発信基地として現代にシッカリと息づいていました

 

「伝統」と「流行」の二面性を持つLAの日本人街

アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスのダウンタウンは、ここ数年で都市開発が進み、おしゃれな商業施設やカフェ、セレクトショップなどが続々と登場して盛り上がりをみせています。その一角にある日本人街・リトルトーキョーもまた、最近では若者や家族連れなどでにぎわう人気スポット。同時に、現地の日本人にとっては、お祭りや大晦日など日本ならではの文化的な行事の際に訪れて、故郷を感じられる場所でもあるのです

今回は、歴史と伝統、そしてトレンドが混ざり合った、独自の魅力を持つリトルトーキョーをご紹介します。

高層ビルが立ち並ぶ、ダウンタウンの中心部。リトルトーキョーはそのすぐ隣に位置します。

リトルトーキョーに足を踏み入れた途端、こんないかにも日本らしいギフトショップが。

 

街並みは「明治時代」のまま!?

ロサンゼルスのリトルトーキョーの始まりは、さかのぼること130年以上も前。1886年にチャールズ・カメこと茂田浜之助が、日本食レストランをオープンしたことをきっかけに、その周辺に日本人移民が集まるようになりました。それから20年後の1906年に起きたサンフランシスコ大地震により、さらに数千人の日本人が北カリフォルニアからその地へ移住。日本領事館が置かれ、街には学校や新聞社、教会などができて、いつしかリトルトーキョーと呼ばれるようになったそうです。

しかし、第二次世界大戦中の1942年、政府の収監政策により日系アメリカ人が強制収容され、一時リトルトーキョーもゴーストタウン化。終戦にとともに、解放された日系人の一部が街へもどり、時間をかけてふたたびコミュニティーが活気をとり戻したという歴史があります。

1942年当時のリトルトーキョー。日本人は移動させられ、お店は軒並み閉まっている。

そして現在は、全米に3つある日本人街のなかでも、ここロサンゼルスのリトルトーキョーが最大と言われる規模になりました。

朝のリトルトーキョーのメイン通り。ランチどきのお昼頃から活気づきます。

街を歩いてみると、「トーキョー」とはいえ、現在の東京のイメージとは一味違います。カリフォルニアの建築には、築100年以上の古い建物をリノベーションして使い繋ぐ文化があるだけに、リトルトーキョー中心部の街並みはほとんど当時のまま。つまり、リトルトーキョーが始まった当時、日本でいうと明治時代のクラシックな趣が残っています。

「交番」と書かれた街の防犯協会。観光情報を提供したり、旅行中のトラブル相談にも乗ってくれる。

レトロな建物、街灯、看板、いかにも昔からありそうな食堂やホテルなどを横目に散策していると、まるでタイムスリップしたような気分になります。

なんともノスタルジックな雰囲気の、ホテルのエントランス。

今なお歴史の片鱗を感じることができるリトルトーキョーですが、一方ではロサンゼルス最新のトレンドをおさえた食や買い物を楽しめるおしゃれな場所でもあるのです。続いては、そんなリトルトーキョーの別の側面を見ていきましょう。

 

「ヒップスター」たちも集まるおしゃれスポットへ

現代のリトルトーキョーは、日本人が暮らす街というよりも、日本の食や文化を楽しむために遊びに行く場所といった位置付け。そこを訪れる人も、普段は日本人よりも、そうではない人種のほうが圧倒的に多く見られます。しかも、これまではいわゆる「日本好き」の一部の人が集まるイメージでしたが、最近は、ここ数年のロサンゼルスの日本食再ブームや、近隣の都市開発の影響もあって、「ヒップスター」と呼ばれるおしゃれな若者たちや、カップルなども見かけるようになりました

屋外ショッピングセンター、日本村プラザ。週末は多くのレストランに行列ができるほどの人気ぶり。

「ヒップスター」というのは、ここ数年ロサンゼルスやニューヨークなどの都市部で目立った、いわゆるトレンドの先端をいく若者たちを指します。もともとは1940年代のアメリカで、ジャズを愛好し、ファッションやライフスタイルにもその要素を取り入れた若者がそう呼ばれたようですが、時代とともに定義も変化。

現代のヒップスターは、テクノロジーやSNSに精通していて、ヴィンテージ、インディーズ音楽、サブカルチャーを好み、かつ新しいモノやコトに対しても感度が高い。それでいて、ただトレンドに流されるわけではなく、衣食住において良い意味でのこだわりが強い、といった特徴があります。

基本的には男性を指し、ファッションの傾向は、スキニーパンツにチェックシャツ、ツーブロックのヘアスタイルに黒縁メガネやヒゲ、といった、ややオールドスクールなスタイルが主流です。

また、都市開発されている近隣の街で代表的なのは、リトルトーキョーの隣にあるアーツディストリクト(アート街)です。かつてはさびれた工場地帯で、1980年代には犯罪が横行していた危険な区域でしたが、その対策としてロサンゼルス市が工場跡や廃墟となった建物をアーティストたちに貸し出すプログラムを開始。まさにアートが街を浄化するかたちで、危険な要素が少しずつ排除され、現在では誰もが気軽に訪れることができるスポットへ変貌を遂げました。

街には、1920年代のアメリカ産業ブームの際にできたレンガ造りの倉庫跡や、工場跡が並びます。そのインダストリアル(工業的)な雰囲気を活かしてリノベーションされたアトリエや住居に加えて、ここ数年でアートギャラリーやショップ、カフェ、レストランが続々とオープン。ロサンゼルスの数あるおしゃれスポットのなかでも、アーティスティックで洗練された場所として人気を博しています。もちろん、前述のヒップスターたちも周辺に暮らしていたり、街を訪れたりしていて、見かけることもしばしば。

レンガ造りの外壁はそのままに、窓枠や街灯がモダンなデザインのものに付け替えられている。

かつては倉庫や工場だった建物の、高い天井やむき出しの配管を活かした内装。こちらはレストラン。

街に点在するウォールアートも見どころのひとつ。

話は少し逸れてしまいましたが、すぐ隣でそんな街が盛り上がりをみせていることもあり、周辺を拠点とするアーティストやヒップスターたちが、リトルトーキョーまで足を伸ばすようになりました。それに呼応するように、リトルトーキョーにも「古き良き」見どころばかりではなく、目新しいものやトレンドを取り入れたユニークな店、コンテンポラリーなデザインの住居や商業施設が増えています

 

トレンドをおさえた日本食やポップカルチャーの店が並ぶ

リトルトーキョーが始まるきっかけにもなった、日本食のレストランは今でも街の目玉のひとつ。とはいえ、定番のスシ、テリヤキ、ウドン……だけではありません。ここ数年、ロサンゼルスは空前のラーメン(Ramen)ブームに沸いているほか、居酒屋(Izakaya)人気も高まっていたりと新たな日本食のトレンドが生まれていて、リトルトーキョーでもそんなトレンドをおさえた飲食店が増えています。こんな「インスタ映え」するスイーツを提供するカフェもあったり。

こちらは、タイ焼きにソフトクリームをのせたデザート($6.00)。日本でも流行に敏感な女性を中心に話題になった一品が、しっかりこちらでも取り入れられています。余談ですが、ロサンゼルスではそもそもソフトクリーム自体をまったくと言って良いほど見かけません。それが昨年の夏頃から、「ソフトサーブ(soft serve)」という呼称でにわかに話題になりましたが、ブームとまではいかず。今ではリトルトーキョーやそのほか一部のアジア系の店でのみ楽しめる、幻の(?)スイーツになっています。

リトルトーキョーにある人気ラーメン店のお箸。「ダシには肉や魚介類を使わず、野菜、昆布、しいたけなど植物由来のものを使用しています」と書かれています。最近、ヴィーガンやベジタリアンの増えているロサンゼルス。こういった小さなことからも、地元の人に受け入れられやすくローカライズする姿勢を感じます。

また、日本のポップカルチャーを、よりおしゃれに昇華した、独特のセレクトショップや雑貨屋も人気です。リトルトーキョーの位置するダウンタウンは、ロサンゼルスのなかでも海から内陸に向かってクルマで30~40分ほどの都市部。のんびりした雰囲気の海沿いの街と比べて、都会的でエッジの効いたファッションや雑貨が好まれる傾向にあることからも、そういった店が注目されるのも頷けます。

日本語のロゴが入ったアパレルや、日本をモチーフにした雑貨を扱うセレクトショップ。

日本語のロゴが入ったアパレルや、日本をモチーフにした雑貨を扱うセレクトショップ。

さらに、前述のように南カリフォルニアでは古い建物をリノベーションするのが一般的ですが、最近のロサンゼルスでは新築のコンテンポラリー(現代的)な住居や商業施設もじわじわと増加中。リトルトーキョーでもそういった建築物を目にする機会が増え、日本のエッセンスは加わりながらもロサンゼルスの「今」を感じます。

ここ数年でできた商業施設。唐揚げ専門屋、ラーメン屋、スタバが並ぶ。

新築マンションの1階にあるカフェ。日本らしいモチーフをポップに取り入れた壁が目をひく。

 

それでもやっぱり「日本の心」を思い出せる場所

こうして、時代の潮流とともに変化を遂げるリトルトーキョーですが、現地で暮らす日本人にとっては、やはり日本の伝統文化に触れたり思い起こしたりできる場所。1934年から続く夏祭り「二世ウィーク(Nisei Week)」では、祭りばやしを聞きながら盆踊りやお祭りならではの屋台を楽しめたり、お正月にはロサンゼルス市指定の重要文化財にもなっている西本願寺に初詣へ行ったり。リトルトーキョーではそういった日本の行事を体験できるイベントや場所がしっかりと残り、受け継がれています。

初詣の様子。室内ですが、行列の先にはお賽銭箱があり、ここで新年の抱負や誓いをたてます。

日本らしさのなかにロサンゼルスのトレンドが混ざり合い、独特のカルチャーを生み出しているリトルトーキョー。そこでは、老若男女や人種問わず、訪れる人の目線によってさまざまな楽しみ方ができます。日本人の私としては、やはり母国の文化が他国で上手に取り入れられ、好まれている様子を目の当たりにするのは嬉しいもの。また、意外な食の流行やポップカルチャーの受け入れられ方をみて、アメリカというフィルターを通して見た日本の魅力がこんなところにあるのか、という新鮮な驚きもあります

伝統を守りながらも、ロサンゼルスならではのスピード感ある時代の変化にはフレキシブルに合わせながら進化していくこの街は、これからもユニークに発展していくことでしょう。

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この記事を書いた人

岡村ゆか

岡村ゆか

東京都生まれ、神奈川県の海沿い育ち。雑誌編集部での勤務の後、子どもの頃から縁があったカリフォルニア・ロサンゼルスへ2008年に移住。途中、2年弱ほど中米コスタリカのビーチリゾートで、バケーション+スペイン語学習+ときどきライター仕事、のパラダイス生活を楽しむ。しかし、このままでは社会復帰できないかもと危機感を覚えふたたびロサンゼルスに拠点を戻す。現在は、子育て奮闘しながら編集・ライター業を継続中。/Instagram

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