2018.10.11

バンコクの日本人街はバンコクか? 巨大日系社会その光と闇

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世界各地に存在する日本人街。実際のところ、どんな様子なのか? 現地からレポートしてもらうと、驚きの実態や歴史が分かってきました! タイは古都アユタヤがあった時代から日本人が暮らしていた国。今、バンコクには数多くの日本人が住み、またタイのひとびとの間でも日本食に親しんでいます。どこでも日本語が見られるその浸透ぶりは、世界の都市でもっとも広範囲に広がる日本人街といえるのではないでしょうか。

 

タイの日本人街は「どこに」あるのか

近年は日本人の海外移住も増えていて、日本人街、あるいはリトルトーキョーと呼ばれる場所が増えてきている。ここタイにおいてはどこだろう。実はタイ、特にバンコクにおいては「日本人街」をここだと言うには難しい事情がある。決定的な場所がないからだ。

「日本街モール」にある東京の下町をもした居酒屋「大枡」。こんな店もバンコクにある。

タイの日本人街をなにも深く考えずに答えるなら、日系企業の駐在員とその家族が多く暮らす、バンコクのトンロー通りだ。ここのソイ13という小路には「日本村」が存在する。ダイレクトに日本を押し出した場所としてはタイ初なのではないか。ボク自身が初めて行ったのが2002年ごろだったと記憶しているので、その少し前にできた飲食店街である。

実際にはタイ初の日本人の村はアユタヤ王朝時代の日本人の村落だと思うが。

ただ、「村」といっても飲食店が数店集まっていただけの場所だ。2013年ごろには、その隣に「日本村モール」という商業施設もできた。定着した人気はあるものの大きな話題を最近は聞かないのだが。ほかに日本をテーマに置いているところは、バンコクならスクムビット通りソイ26の「日本街(ニホンマチ)モール」くらいか。

タニヤ通り。看板が日本語だらけだが、ほとんどが夜遊び用のカラオケクラブになる。

いずれも飲食店が中心で、和食ブームの中にあるタイではたくさんのタイ人も訪れる。その中でさらに日本人を主要顧客に狙う地域となると、シーロム通りの「タニヤ通り」も挙げられる。ただ、こちらはどちらかというと夜の銀座や新宿に似ていて、男性向けの夜遊びスポットになり、普遍的に日本人に向いているとは言い難い。

では、タイの日本人街はどこにあるのか。

 

現代タイの日本人街はBTSスクムビット線沿い

BTSスクムビット線を中心に、バンコクが日本人街になりつつある。

今、バンコクはとにかく日本人が多い。外務省が毎年10月1日時点の在留邦人者数を翌年の6月上旬に統計で発表しているが、これによるとタイの在留邦人者数は2017年10月時点で72,754人になる。前年比で3.4%増だ。

これは国別順位で第4位。1位はアメリカ、2位中国、3位のオーストラリアに次いでタイには日本人が多いということになる。いずれも国土が広く、バンコク以上の都市がいくつもある一方で、タイの場合はバンコクの一都市に日本人の大半が集中する。しかも、在留届を出している人数が7万人であり、出していない人を含めれば、長期滞在者だけで10万人を超えるとも言われる。

このことは要するに、バンコクは日本国以外で日本人密度が最も高いのではないか。しかも、ほとんどの人がスカイトレイン(以下BTS)の沿線、とくにアソークから東側の数駅のエリアに集中して今も日本人が多く住んでいる。これは、かつて日本大使館がスクムビット通りのアソークという場所にあったことからだ。

BTSプロンポン駅周辺などは、タイ人向けの店でさえも日本語が見られる。

こうなると、スクムビット通り上にある主要BTS駅――BTSアソーク駅、BTSプロンポン駅、BTSトンロー駅、BTSエカマイ駅に至るおよそ3キロをメイン通りに、すべてが日本人街と言えるのではないか

実際に、この近辺を歩いていると、時間帯によってはタイ人より日本人とすれ違うことが多い。先日、トンロー駅からプロンポン駅にかけて裏通りを数キロほど歩いてみたが、そのときも辺鄙な路地裏を日本人女性がテクテクと歩く姿を何人も見かけた。

こんなにも異質な外国はないのではないか、とさえ思う。今や、バンコクの中心地はほぼ日本人街と言っても過言ではないのだ

 

この20年弱で劇的に変化した日本人の住みやすさ

日本から輸入した生牡蠣を食べられる店なんて、2000年代初頭にはなかった。

日本人在住者が増えたことでメリットも出ている。特にBTSプロンポン駅を中心にして、日本人向けサービスが充実してきたことだ。バンコクで暮らす、あるいは働く場合にすら、タイ語も英語も必要なく日本語ですべてが成立してしまうほどである

特に和食店はすごい。かつてとは比べものにならないほど和食店が増えたし、どこもおいしい。ほとんど日本と変わらない味わいで、シンガポールや香港在住の日本人がバンコクをうらやましがるほどの充実度だ。

ボクはバンコクで初めて暮らしたのは2000年だったが、このころは在留邦人も2万人を少し超えるくらいで、エリアによっては日本人に会うことはなかった。BTSプロンポン駅周辺のような「駐在員様」が住むエリアにも、そもそもBTSができたばかりのころ(1999年12月に開業)で足を運ぶこともない。当時は、駐在員とそのほかの移住者は生活範囲が分かれていたからだ

あのころの移住者はみな、毎日タイ料理を食べていた。和食は、たまの贅沢として食べるくらい。それも日本人向けの居酒屋は現地の物価的に当時は高かったので、「フジレストラン」などのタイ人向けの店に行っていた。

「フジレストラン」の三色ソボロ丼(だったかな?)。こんなのも当時は高く感じた。

当時のタイ移住は、現地にはないものだらけの上に、金持ちの移住者なんてほとんどいなかった。誰もが日本そのものからかけ離れ、まるでタイ人のような生活をしていた。当時はみんなそんな感じだったので、特に苦痛に感じたことはなかったが、今になって思い返してみると「食生活は貧しかったな」と思う。

そう思えるくらい、この20年弱の間で劇的にバンコクは変化した。今やこちらの和食店は東京で食べるよりも高く、ちょっと飲みに行けばひとり1万円くらい、つまり3000バーツくらいはかかる。2000年のころに食事にそれだけ出すなんて、絶対考えられないことだった。

そう考えると、逆に今から移住をする人は誘惑があって大変だなとも思う。ボクらのあの時代はなにも選べないころだったから、少なくと移住者はみなイコールだった。しかもSNSなんてなかったので、ほかの人がなにをしているかが見えてこない。今は一緒にいなくてもなにをしているか見えてくる時代だから、ひとりだけ貧乏生活をするのは惨めだし、かといって豪遊するには資金が必要だ。結局、いつの時代も海外移住は、それぞれの背景があって大変なんだな。

 

日本人街化するバンコクで日本人に起こるしがらみや犯罪

同じスクムビット通りでも、BTSオンヌット駅を超えていくと途端に日本人は少なくなる。

BTSプロンポン駅辺りなら日本人向けの店だけを使って生活することで、日本語だけでも生きていける。これはメリットでもあるし、一方ではデメリットだなとボクは思う。

これではやはり、海外に来たのに海外生活を満喫しているとは言い難い。それに日本人とばかりつき合うことになると、結局タイ的なおもしろさよりも日本的なしがらみにがんじがらめにされていくことにもなる。今やバンコクにおける日本人社会は、日本の社会の縮図そのものだという人も多い。

実は在タイ日本大使館は何十年も前から、邦人保護件数が世界中の日本大使館の中で常にトップを独走している。つまり、タイではたくさんの日本人がなんらかの困った事案に遭遇している。一度だけ1位から外れたことがあるのだが、その年はタイでクーデターが起こり、観光客が瞬間的に減ったからという裏事情があり、実質的には保護件数は多かった。

この統計は翌年12月に外務省から発表されるので執筆時点の最新版は2016年の数字になるが、1,048件の邦人保護支援が実施された。これはあくまでも大使館が動いた件数で、この裏には動いてこそいないが相談を受けている件も大量にある。2位はフィリピンの890件だから、これから見ても断トツだということが分かる。

この中には犯罪のトラブルも多く、傷害で捕まる、麻薬で逮捕される、日本人が日本人を騙す、そして自殺をする、などがある。特に日本人同士での詐欺と自殺は多く、これは日本人社会のしがらみなどが強くなったことの現れなのかなと思う。

日本人が増えることでメリットだけでなく、さまざまなトラブルも起こるのだ。

 

それでもバンコクの日本人街はおもしろい!

裏通りを日本人女性がひとりで歩いていたりするので、バンコクの中心地は平和だと思う。

タイは政治的に不安要素があるし、治安も日本から見たらずっと悪い。バンコクもトラブルが多い。けれども、それでもボク自身はやっぱりタイはおもしろい場所だと思う。過ごしやすく、また日本人社会にスポットライトを当てても、生活をするにはこれほどおもしろい国はなかろう。

例えば、日本ならライバル関係にある企業の社員同士が飲むことはほとんどない。しかし、タイなら知り合った仲間が仕事上ではライバル関係にあるといった、不思議な交流がしばしば生まれる。年齢が違っても仲よく酒を酌み交わしたり、ゴルフや魚釣りへ出かけたり。タイにいる年嵩の人たちは海外にいるだけあって精神的に若い人が多く、説教じみたことを言い出さないので、若い人にとってもつき合いやすいのだろう。

それから、有名人と知り合えるなど、日本では経験できないこともある。芸能人や著名人、大きな会社の社長といったそうそうたる人と顔見知りになれる。これも海外、特にバンコクの日本人社会の広さと、海外故の人間関係の狭さがなせる業とも言える。

そんな魅力もあるバンコクだからこそ、毎年移住する日本人も増えているのだ。

バンコクの中心は今「日本」が浸透しており、それはときに煩わしく感じることもある。メリット・デメリットで語るといろいろと意見があるが、深く考えず「おもしろい」とひと言で片づけた方が、意外としっくりとくるような気がする。

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この記事を書いた人

高田 胤臣

高田 胤臣

1977年、東京生まれ。1998年に初訪タイ、2002年からタイ在住。タイの救急救命慈善団体「華僑報徳善堂」唯一の日本人ボランティア隊員。現地採用社員としてバンコクで日系企業数社にて就業し、2011年からライターになる。単行本数冊、AmazonKindleにて電子書籍を多数発行。執筆のジャンルは子育てネタからビジネス関連まで多岐に渡る。最近は「バンコク心霊ライター」の肩書きがほしく、心霊スポットを求めタイを彷徨う。

この記事を書いた人

ずんこ

ずんこ

タイを拠点に漫画家活動中。漫画作成、漫画の描き方指導、国内外のイベントにて似顔絵描きをするなどのフットワークの軽さが人気。以前シンガポールに住んでいたこともあり、シンガポールでの活動もしばしば目立つ。日本人向けタイの情報誌「バンコクマダム」やタイ人向けの日本紹介マガジン「WA-JAPAN」などで漫画を連載中。法人から個人まで幅広く仕事を受注してます。連絡先:zunkomanga@gmail.com Facebookはこちら

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