『サードウェイブを知りたいカフェの旅』第一回:カフェと私

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私はカフェの旅に出る

いきなりだが、私はカフェにぞっこんだ。もはや、アイデンティティの一部だと思っている。

幼少期に通ったカフェ、オーナー家族の住む家でもあった。

モーニング文化の盛んな岐阜で生まれ育ち、休日の朝は家族で喫茶店へ通う子ども時代を過ごした。今となっては「セットにうどんや茶碗蒸しまで付いてくる」と話題になり県外から訪れる人も増えたが、当時その場所にはひとびとが、本や新聞、漫画などを読み、いっしょに自分だけの時間を楽しむ、何とも言えない空間があった。

その原体験から、大学時代には無給でカフェの経営に関わり、なんと就職先にもコーヒー専門の商社を選んでしまう。そして紆余曲折あって果てには今、「世界二位のコーヒー生産・輸出量」を誇るベトナムに暮らすことに。カフェに「ぞっこん」の理由は、「そこにいる誰もが最後は笑顔で外に出る」から。そうした空間を提供する、カフェという箱に興味を持ったのだ。しかし私はいつしか、日本のカフェ文化に疑問を抱くようになった。

サードウェーブのムーブメントを感じる日本のカフェ

今の日本のカフェシーンは、アメリカのトレンドを次から次へと取り入れて複雑化していくばかりじゃないか? 風土に合っているのか、お客さんにとって本当に居心地の良い空間なのか。それを自分の目で確かめたい。そこで私はサードウェーブ発祥の地だと言われたポートランドを中心に、北米のカフェを巡る旅に出ることにした

その前に今回は、そんな私が、これまでどのような「カフェ人生」を送ってきたのかを書きたい。

 

切っても切り離せないカフェとの関係

週末は家族と喫茶店、を当たり前として過ごした幼少時代。

しかし、その後はとくにカフェと縁のない日々を送る。中学校でテニス部、高校では簿記部、しいて近しいものを挙げるとすれば受験期間を終えてからケーキ屋でアルバイトをしたくらいだが、馴染めず一ヶ月で辞めたので関係もない。そんな私をふたたびカフェの魅力に引き込んだきっかけは、大学に入って間もない頃に手にとった、学内で配られていた一枚のビラだった。

地元・岐阜で一番大好きな景色。目の前に広がる、大きな空と山と川。

「カフェに興味ありませんか……」「授業の合間に働ける……」、そんな言葉が目に入る。学生だけで経営しているカフェらしく、メニューを開発したりなど自由度も高いらしい。なんだか不思議なアルバイトが出来そうだ。それに学校から徒歩1分、授業の合間に丁度いいな、いやだったら辞めればいいし。そんな軽いノリで連絡をとった。

が、話を聞いてみればなんとそれは「無給」。アルバイトではなく、学生が経験を積める事業プログラムのようなものだったのだ。そんな期待はずれだったにも関わらず、それから私は3年間に渡ってそこで働くことになる。それもこれも、「ラテアート」が楽しかったからということに尽きる

季節によって、アートを変える。12月のサンタをイメージしたラテアート。

スタッフが、お客様の好みに応じたラテアートを提供する。目の前のそれを見て「かわいい~」「おいしそう~」という明るい声を何度も聞いた。私もそんな一杯を提供したいと考え、練習しては飲み、飲んでは練習してを繰り返し(練習の条件は「自分でつくったラテはすべて飲むこと」だった)、段々と自分が描くものに感動してくださるお客様が増えていった。無給であることに疑問を抱かなかったといえば嘘になるが、そんなことも吹っ飛んでしまうほど、こうした空間を自分もまた作りだせることに喜びとやりがいを感じていたのだ

週5回シフトが必須のcafe。21歳の誕生日の日を友達がカフェに来てお祝いしてくれたときの一枚。

 

性格診断の結果が『コーヒー専門商社』、そして入社へ。

そして大学三年になり就職活動がはじまる。マスコミを受けるも途中で自分に覚悟がないことに気づき、途方に暮れていたときになんとなく就活サイトでの性格診断テストを受けてみた。その結果が、コーヒー専門の商社。ラテアートにハマったものの食品業界はまったく考えていなかった私には予想外。しかしその会社を調べてみると、バリスタの世界チャンピオンを二人も輩出。「その技を学びたい」と直感してエントリー、入社に至った。

配属先は流通の営業。問屋さんに商品を卸し、スーパーや百貨店に商品を並べる日々。想像していた世界とはまったく違い、そこで得られるコーヒーの情報は包装や手書きPOPからだけだった。ただ、営業活動の一環として「スーパーでのコーヒー教室」があって、コーヒーの味の違いや、家で美味しく淹れるポイントを知れる。世界一の技こそ学べなかったが、喜んでくれるお客様の声により達成感も抱き、さらにコーヒー愛が深まった。

同僚たちと珈琲好きによるコーヒーの勉強のための、コーヒーショップ巡り。

とくに私が力を入れたものが、「フードペアリング」だ。営業活動の中で、「日本人は日常的にコーヒーを飲むが、知識がない中で飲んでいる人が多い。あくまでひとつの嗜好品であり、味はその次と考える人が多く、朝食やお菓子などの食べ物と合わせて飲まれる。」と考えるようになった。しかし、コーヒーにも、酸味が強い、苦味が強い、などがあり、それぞれに合う食べ物は異なる。そこでチョコレートとのコラボ販売を実施。異なる嗜好品が流通業界で組むことは珍しく、バレンタインデー前だったこともあり大きな反響を得ることになった。

しかしその頃、私が望んだコーヒーとの関係はこれなのかと考え直している時期でもあった。コーヒーも好きだが、それ以上に「コーヒーを介してつくる空間」が好きなのではないか。その空間にいる、お客様、スタッフ、飲食、そこで過ごす時間が好きなのであり、「空間づくりに関わりたい」と次第に考えるようになっていった。

 

まさかのコーヒー大国ベトナムへ、そして『無職』に……。

そのとき、社外から「海外で働かないか」という話をもらう。行き先は、ベトナム。ベトナム? どこにある? フォーの国? それくらいしか知らない場所。当時の上司に相談すると、「今後どこで何をしたいか決めてから下見に行きなさい」という返事。以前から海外に興味はあったものの、行ったこともない国への転職に決断はできない。上司の言葉は悩んでいた私の背中を押して、退職を宣言し、三日後に私は勤務地となるベトナム・ハノイへ向かった。このとき、ベトナムコーヒーのことは知っていたが、関心はもっぱら海外で興味も薄かった。

期待と不安を抱えて、ベトナムへ飛び出した25歳。手に持つ国旗は友達が作ってくれた。

騒々しい街、バイクが多く危なっかしい道路、衛生的に良いとは言えないご飯屋。しかし、その中でも私の目に多く飛び込んだものは、やはりカフェ。日本と違って昼間でものんびりしているその空間で、初めて飲んだベトナムコーヒーは想像とまったく違う味。そうだ、ここはコーヒー大国。この先に発見がある予感がした。

初めて経験したベトナムのカフェ。ホットを頼むと、冷めないようにソーサーにお湯がたまっていることに衝撃を受けた。

半年後、現地での仕事が忙しなくはじまる。ベトナムでは、日本で学んだ仕事やスケジュール感覚がまったく違う。停電は当たり前、雨はすぐに冠水、タクシーはぼったくり、口にする食事も信用できない。しかし、人はとてもよかった。言葉も大してできない、知り合いもいない私に、この場所は新たな環境と仲間を与えてくれた。

働きだして1ヵ月。大雨に見舞われ冠水し、ビーチサンダルを履いて出勤。

だが、三ヶ月後、私が参加するプロジェクト自体が突如として中止……。中止、だ。そうして職を失うと同時に言葉も失う。これは想像していなかった。日本に戻るか、ベトナムで仕事を探すか。友人たちに盛大に開いてもらった送別会で「二年は帰らない」と宣言したのに……二年が三ヶ月!? そんなこと、言えない。ひとまず、幸いにも知人のつながりで餃子屋でのアルバイトをさせてもらうことになり、そんな生活を一ヶ月ほど続けた。

 

人生ではじめて、コーヒーの木と実と出会う。

ベトナムとの別れを予感していた私は、その前に縦断の旅に出ようと考えていた。目的はもちろん、コーヒー農園をこの目で見ること。世界二位の生産量を誇るベトナム、どこかには農園があるはずなのに誰に聞いても情報が入ってこない。ハノイにいた頃から旅の最中まで、出会う日本人に「コーヒー農園を見たい」と言い続け、ダラットという街でコーヒー農園ツアーを行っているという話を聞きつけた。よし、まずはそこに行こう。

初めての鉄道の旅、チケットの取り方、座席の座り方、全てのことがわからず不安しかなかった。

そこで私は人生で初めて、コーヒーの木に触れ、コーヒーの実を食べた。これが私が愛しつづけたコーヒーのはじまり。今でも忘れることのない感動。テキストで学んできた内容が、目の前に景色として現れる。見るもの全てに感動し、学んだことと照らし合わせながら、これがコーヒーになるのかと一致した瞬間だった。

敷地一面が、コーヒーの木で覆われており、どこを見てもどこを歩いても興奮しっぱなし。

初めて目にした、ロブスタコーヒーの木。ロブスタの葉は大きいのが特徴。

そのあと私はベトナムの旅を満喫しながら、南部最大都市のホーチミンに到着。そこでドラゴンフルーツの輸出業を扱う新村さんに出会う機会があり、コーヒーへの思いを熱弁したところ、ダラットにも近いバンメトートという街で、有機野菜を栽培する塩川さんを紹介してもらう。聞くと、その街ではコーヒーやカカオなども栽培されているらしい。「知り合いの社長がアテンドで近々訪問する」というので、同行させてもらうことになった。

バンメトートで目にした農園は衝撃だった。カカオ農園とコーヒー農園が隣り合わせで並んでいるという、想像もしていなかった光景。穫れたてのカカオの実に、獲れたてのコーヒーの実を食べる。どちらも酸味の強いフルーツそのもので、私たちが普段口にするチョコレートとコーヒーとはまるで異なる味だった。私もここに、関わりたい。すると、その社長もコーヒーに精通している人を探しているタイミングということもあり、間もなく私の転職先は『COCO TRADING』という会社に決まった

カカオの実をはじめて目にし、カカオの実をはじめて食べる。普段食べているチョコレートがいかに、フルーツらしさを消してしまっているのか実感。

 

ベトナムのリゾート地で「コーヒーの専門家」として働く

すでに書いた通り、それまで私はコーヒー専門の商社にこそいたが、職種はおもにスーパーへの営業だった。それがコーヒーと関係ない仕事でベトナムに来て、(紆余曲折はあれど)まさかそのまま「コーヒーの専門家」として働くとは誰が予想できただろうか。私の職場は、中南部に位置するリゾートの街・ニャチャンだった。

家からカフェに渡る道。中心街から離れているものの、ここの朝の海は本当にきれい。

この街は観光で成り立っているが、物価は首都ハノイの半分近くととても安い。フォーも2万ドン(およそ100円)で食べられ、裏町はローカル感にあふれている。私の職場はホテルに併設されたカフェであり、そこにあるエスプレッソマシーンが使われていた。しかしスタッフはみな初心者で、手探りで淹れている。仕事のミッションはその環境を活かすべくスタッフに教育すること。私自身専門的に学んだ訳ではなかったが、前職の仲間にも相談して助けてもらいながら、スタッフといっしょに「美味しいコーヒーの淹れ方」を研究していった。

明けても暮れても練習と試飲を続けたバリスタ

ベトナム語が話せない私、日本語が話せないスタッフ、お互いに英語も上手くはない。しかし目的は同じ「おいしいコーヒーをお客様に提供しよう」。彼らは社員ではなくアルバイトだったが、自らのバイト代で一本180円するミルクを自腹で買って練習するほど入れ込み、その姿に学生時代にラテアートの練習する自分を重ねた。

毎回新鮮なミルクを買うことはできず、練習しては冷凍して、再生乳しては練習してを繰り返す。

挽き目を変えるとどうなるのか、味に影響することは何かと研究。

ベトナムコーヒーの淹れ方はベトナム人に教わった

それから三ヶ月が経ちスタッフの教育を終えたあと、私はCOCO TRADINGの社員として日本に戻り、日本国内のベトナム関連イベント、手作りマルシェ、淡路島など、各地でベトナム産のコーヒーとカカオを販促。今はハノイに戻り、8月から『安南パーラー』というカフェに出向し、マネージャーとして働いている。

代々木公園で開催された、ベトナムフェスティバルに初出店。

ベトナムコーヒーは、日本では間違った認識でネガティブな印象を持たれがち。勉強会でひとつひとつ変えていく。

安南パーラーのマネージャーとしての、初日。

そして話は、冒頭に戻り。私はカフェの旅に出る。

 

私は、カフェ『巡礼』の旅に出る。

このように、カフェと関わりつづけ、ベトナムという地で私がコーヒーの専門職として働くことになった私。安南パーラーで本格的に働く前、カフェという空間をつくっていくことを考えたとき、「北米のカフェ文化を自分の目で確かめたい」と思った。日本で流行しているサードウェーブはアメリカからやってきたと言われているが、そもそもそれは現地でも同じような形で親しまれているのか。本場のカフェは、どのような空間なのか。

目的地は、バンクーバー、ニューヨーク、ポートランド、シアトル。どのような旅になるのでしょうか。いったいどのような発見があるのでしょうか。次回以降は、その様子を二編に渡ってお伝えしたいと思います。

夢の北米にむけて出発。楽しみでありながら、不安と戦うひとり旅。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

泉野 かおり

泉野 かおり

岐阜県出身。コーヒーを通じてつくる空間が好き。その思いから、日本各国、世界各国コーヒーの旅に出る。コーヒー屋さんを通じて見える現地の暮らし、コーヒーの旅から見える新たな空間と私たちのコーヒーとは何か、日々問いながら、いつか最高の空間を作り上げることを目標にしている。instagram / cocotrading vietnam

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