戒律と酔いの間で揺れる信者たち…ミャンマーの居酒屋事情
※本記事は特集『海外の居酒屋』、ミャンマーからお送りします。
実は酒を飲まない人が多いミャンマー
私は、アフリカ、ヨーロッパ、アジアと、これまでいろいろな土地を住みわたってきましたが、移住先を決めるにあたって重要視したのは、お酒の味と価格です。私はお酒が飲めない国、飲めても高い国には住めない体なのです……。そんな酒飲みの筆者が、ミャンマーの居酒屋事情をご紹介します。
仏教には「不飲酒戒(ふおんじゅかい)」という飲酒を禁ずる戒律があり、戒律がゆるゆるになってしまった日本の仏教と異なり、上座部仏教を篤く信仰するミャンマーでは僧侶はもちろん、在家信者でもお酒を飲まない人が多いのです。とはいえ、同じ上部部仏教国のタイが酒の販売時間を制限しているのに対し、ミャンマーは規制なし。信心深過ぎて、規制しなくともお酒を飲まない人が多いからです。
2010年の調査によれば、1度もお酒を飲んだことのないミャンマー人は男性が76.5%、女性は91.1%にものぼりました。女性の場合、実に10人中9人が一切酒を飲まないわけで、40歳代より上くらいの女性と食事に行き「お酒を飲みますか?」と聞くと、「盗みをしますか?」とでも聞かれたレベルで嫌な顔をされます。「私が酒を飲むようなフシダラな女に見えるの!?」といったところでしょうか。
コーラは酒の代替品?
ここ数年、ミャンマーの飲食業界における最大の変化は鍋料理店やBBQ店の普及ですが、面白いのは、こういった店では酒を飲まない人のほとんどがコーラを注文することです。
ミャンマー人には、「鍋やBBQのお供は、ビールでないならコーラ」という固定観念があるようで、誰に聞いても理由を説明できませんでした。「コーラ=海外の飲物=酒の替わりになる」というイメージなのかなぁと、個人的には想像しています。
ミャンマーの居酒屋を分類しよう
さて、飲酒人口が少ないとはいえ、男性なら3人に1人は飲むわけですから、日本の居酒屋に相当する店もあります。ミャンマーで酒を出す店をちょっと分類してみましょう。
①ミャンマーの王道居酒屋・ビアサイン
ミャンマー人がお酒を飲む代表的な場所が「ビアサイン(ビルマ語で「ビールの店」の意味)」です。鶏の唐揚げやフライドポテト、野菜炒めなどを肴に、ジョッキで生ビールを飲む人が目につきます。
②食が主流のビアサイン兼レストラン
①がビールメインなのに対し、こちらは食事がメイン。飲まない客も一定数いますが、酒飲みが周囲に遠慮せず、思う存分お酒を料理とともに楽しめる店といえます。前述した鍋料理店やBBQ店も、ここに分類してよいかもしれません。
③お色気系の花輪ビアサイン
「ビアサイン」という呼び名は同じですが、店内のステージで女性によるファッションショーやライブを開催。男性客は店から買った1本1万チャット(約730円)ほどの花輪を気に入った女性出演者の首にかけ、もらった方はあとでその客の隣に座ってお酌“など”をするシステムです。
ちなみに、この写真は客がミュージシャンに花輪をかけていますが、お色気系ではありません。でも、雰囲気はこんな感じです。
④さらに女性と密着して飲みたいならKTV
女性が隣に座り、一緒に酒や歌“など”を楽しむカラオケ店です。日本のキャバクラの大人しめの感じを想像してもらえればいいでしょう。ちなみに、中国やベトナムなどによくある女性との密着度が高い「ラウンジ」と呼ばれる業態の店もありますが、他国に比べ数は少ないです。
⑤若者たちの酒文化の中心・バー
最近、次々とオープンしているのがお洒落系のバー。ほんの5年ほど前まで、この手の店は在住外国人やミャンマー人セレブたち御用達でしたが、今や中流層の若者たちも、こうしたバーで気軽に酒を楽しむようになりました。
ここまでは東南アジアの多くの国で、大なり小なり似た光景が見られるのではないでしょうか。ミャンマー独特の居酒屋としてぜひあげておきたいのが、イェサインとタンイェサインです。
⑥イェサインは呑兵衛のオアシス
イェは酒という意味。ビールもおいていますが、おもに強い蒸留酒を出す店です。田舎だと市場の周辺に多く、朝っぱらから男たちが飲んだくれています。米の蒸留酒が多いですが、後述するヤシ酒をさらに蒸留するタイプもあります。田舎では果実酒もよく見かけます。
蒸留酒といえば、こんな思い出が。奥インレー湖を旅行中、40度と60度の米蒸留酒を作る工房に行きあたりました。
商品名が「サケ」だったので由来を聞いたところ、当初は40度の酒しか造れなかったが、ある日ふらっと立ち寄った日本人が40度の酒を60度にする方法を教えてくれたことから作れるようになり、日本をリスペクトする気持ちで「サケ」と命名したとか。酒飲み的には心温まるエピソードですが……アル中を大量発生させる原因になってそうです。
⑦酒好きならぜひ飲みたいヤシ酒居酒屋・タンイェサイン
そして真打が、ヤシ酒「タンイェ」です。ミャンマーではトッディというヤシ科のシュロの仲間から作るので正確にはシュロ酒ですが、一般的なヤシ酒の呼び名で話を進めます。このヤシ酒を飲ませる店が「タンイェサイン」です。
ヤシ酒は田舎にしかないと思われがちですが、国内最大都市のヤンゴンでも乾季に街はずれに出れば手に入ります。友人のミャンマー人呑兵衛たちと郊外へピクニックに行くとなると、彼らは必ず道中のどこかの売店でヤシ酒を仕入れてきます。ビールよりも安価でたっぷり飲めるからです。
ヤシ酒といえばバガン郊外
ヤシ酒で有名なのが、先ごろ世界遺産登録を果たした町バガンです。郊外の道路沿いにトッディ林と酒工房がずらりと並び、タンイェサインも併設。ヤシ酒の採取から蒸留酒作りまでを実演しています。
ヤシ酒作りはとても簡単。夜のうちに幹に傷をつけ、そこからしたたる樹液を壺で受けておくだけ。翌朝、壺をおろすとすでに醸造は始まっており、朝のうちならフレッシュでフルーティな味と香りを楽しめます。
時間がたつにつれて発酵が進み、すえた味や香りになっていきますが、朝ヤシ酒がいいか夜ヤシ酒がいいかは好みのわかれるところ。私は朝派です。
こちらの光景、有志がゴザを敷いて飲み会を開いているわけではありません。ここも立派なタンイェサイン。
ヤシ酒を注文すると店主が野原にゴザを敷き、ヤシ酒とおつまみを運んできてくれるのです。まだ飲み始めなので和やかな雰囲気ですが、杯が進むにつれて乱れていきます。
ミャンマーも飲酒規制になる?
ヤンゴンにおける居酒屋の光景は、民主化が進んだこの数年で大きく様変わりしました。冒頭で2010年の生涯非飲酒率をあげましたが、2016年に同じ調査をしたところ、お酒を飲まない人が男性34.7%、女性64.6%にまで激減していたそうです。タイ以上に宗教界が力を持つミャンマーなので、近い将来、何らかの飲酒規制が始まるかもしれません。
ただ、ミャンマーでビールシェアの9割以上を占める「ミャンマーブリュワリー」は、キリンの資本こそ入っているものの、そもそもは軍営企業なんですよね。軍が力を持っているうちは、ミャンマーの飲酒は守られている……のかもしれません。
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編集:ネルソン水嶋
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この記事を書いた人
板坂 真季
ガイドブックや雑誌、書籍、現地日本語情報誌などの制作にかかわってウン十年の編集ライター&取材コーディネーター。西アフリカ、中国、ベトナムと流れ流れて、2014年1月よりヤンゴン在住。エンゲル係数は恐ろしく高いが服は破れていても平気。主な実績:『るるぶ』(ミャンマー、ベトナム)、『最強アジア暮らし』、『現地在住日本人ライターが案内するはじめてのミャンマー』など。Facebookはこちら。