街が変われどクナイペは街角に…どっこい生き残るドイツ・ベルリンの酒場文化

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※本記事は特集『海外の居酒屋』、ドイツからお送りします。

クリックorタップでドイツ説明

 

常連が集まるローカル酒場、クナイペ

クナイペの入り口にある扉は、私にとっては大きくて重かった。その向こうには、酒と会話とゲームに興じる世界がある。そこは圧倒的な常連たちの場だ。果たして自分が入り込む余地などあるのだろか……などと考えあぐね、扉を開けられずにいた。

「クナイペ(Kneipe)」とは、ドイツ語で酒場、居酒屋を指す。通りの角地にある場合が多いので、角という意味のエッケ(Ecke)とクナイペを組み合わせて、「エッククナイペ(Eckkneipe)」という言葉もある。

どちらかと言えば労働者たちが集う場であり、ビールなどを呑みながら世間話に花を咲かせ、サッカーの試合がある日はスクリーンで観戦する。おしゃれや流行とは無縁の、場末に佇む庶民の社交場だ。日本の縄のれんに雰囲気が近いかもしれない。

角地に面した、典型的なエッククナイペ。

庶民の社交場、酒場。何十年も変わらぬ雰囲気が漂う。

クナイペに興味を持ち始めたのは、いつの頃だっただろうか。

2010年頃からジェントリフィケーション(都市の居住地域が再開発や文化的活動などで活性化し、地価が高騰すること)が進んで家賃が上昇する一方のベルリンでは、古い店が姿を消す代わりに、ヒップで小ぎれいで値段の高いセレクトショップやレストランが登場するようになった。

ベルリンの一等地にあった老人ホームが壊され、オフィスビルに生まれ変わる。そのほか元の住人を追い出し、建物をリノベーションして分譲アパートとして高く売り出すのもよくある手法。

気の利いたものが少なかったこの街で、高級な選択肢が増えるのも悪くはない。しかし一方で、これまでベルリンの魅力だった小汚さや猥雑さが薄れていくのは残念で仕方なかった。「おしゃれだから何だって言うんだ」という反発心もあった。クナイペが気になりはじめたのは、そこに自分が好きなベルリンを見出したかったからなのだろうか。

上品なエリアがある一方で、落書きが目立つ地区もある。

もっと多様なドイツ人を知りたいと思ったことも、理由の一つだろう。私の周りの人々は、似たような年代や職業で「家の近くにクナイペはあるけど、行くことはないかな」と言う。「思い切って足を踏み入れてみれば、縁がない世界の人々と知り合えるかもしれない」、そう思いつつクナイペの前を通りかかりながらも、アジア人女性の私には、入り口の扉はどうにも重かったのだ

 

酒とたわいない世間話こそ、クナイペの醍醐味

しかしクナイペの扉は、その気になれば誰にでも開かれていた。

ある日、話の流れで日本人の友人と2人で行ってみようと盛り上がり、勢いで入店したのだ。「ヨナス(Jonas)」という名のその店は昼間から開いており、看板には「カフェ・クナイペ」と書かれている通り、カフェ的な要素もある。私たちのような初心者には比較的入りやすかった。

「ヨナス」の看板(左側)。店名横にカフェ、クナイペと書かれている。

常連たちがたむろするカウンター席に意気揚々と座った。

一見の客で、しかも2人で来ているのならば、普通はテーブル席を選ぶところだろう。しかしほかのお客と話してみたい私たちは、あえてカウンターに陣取った。10席ほどもあるカウンターはそのほとんどが埋まっており、常連客らしい男性たちが談笑していた。中高年のドイツ人男性が主流の店内で、並んで腰かけるアジア人女性2人は明らかに浮いている。

チラッ、チラッと受ける周囲の視線からは「こいつらは何者なんだ? なんでここに座っているんだ?」と言われているようだった。しかし、私たちに直接話しかけるお客はいない。妙な沈黙が漂う。やはり場違いなところに来てしまったのだろうか……。

しかし次の瞬間、アウェーな空気は吹き飛んだ。カウンターの内側から「何にする?」と、店の女性が話しかけてくれたのだ。そこから打ち解けるのは早かった。「ビールは何の銘柄がある?」「うちにある樽生ビールはこれと、これ」「じゃあこの銘柄」「うちには初めて来たの?」と会話が始まった。

「ボニー」と名乗る40代ぐらいのその女性は、親しみやすい笑顔で新参者の私たちに話しかけてくる。周りの客と馴染むように気を使ってくれたのだろう。それを見ていたカウンターの客たちも輪の中に入ってくる。

「このクナイペは毎日バーテンが替わるんだ。日によって雰囲気がぜんぜん違うんだよ」と、常連だという初老の男性。別のお客は「アジアに旅行したことがあって……」と話しかけてきた。どれもたわいない世間話に違いない。しかしこれこそが酒場の楽しみではないかと思う。気づいたら4〜5時間も話し込んでいた。

「ヨナス」でクナイペへの扉が開いた。

友人同士で落ち着いて呑むなら、テーブル席に座るといい。

店名の「ヨナス」は、創業の年(1978年)に公開された映画から付けられた。

同行の友人が「ドイツの懐メロでこんな歌があるらしいんだけど……」と、メロディーを口ずさむと、その曲が店内に流れたこともあった。「イッヒ ヴァー ノッホ ニーマールス イン ニューヨーク」……。ウド・ユルゲンスの80年代のヒットソング。ボニーさんがかけたのだ。ほろ酔い状態の友人とボニーさんの歌声が店内にこだまする。

店主の女性は「女性ひとりでどんな場所に行っても、何をしてもいい。もしうちの店で女性客にちょっかいを出す人がいたら追い出すから」と話していた。「ヨナス」はベルリンのシェーネベルクという地区にある。この辺りは落ち着いた庶民が多く、客層もそれを反映しているように思う。クナイペの世界へ誘ってくれた「ヨナス」は、いまも私の好きな店だ。ボニーさんがいる日の夜が来るたびに、訪ねに行こうかと考える。

 

呑むのは、やはりビール

日本で酒場といえば、刺し身や焼き鳥など店主こだわりの肴も売り物だろう。しかし、そこは食べ物への執着が(日本に比べると)薄いドイツのこと、クナイペで料理メニューはほとんどないと言っていい。あるのは茹でたソーセージやドイツ風じゃがいもサラダなど、茹でただけ、切って混ぜただけ程度の調理でできるものが中心だ

そもそもクナイペで料理を食べている人を見かけることは少ない。ほとんどの客は呑むか、ダーツやビリヤードなどのゲームに興じるか、である。

クナイペの典型的な肴、茹でソーセージ。付け合わせはドイツ風じゃがいもサラダ。

ドイツ風ハンバーグのブーレット(Bulette)もよくある。

ダーツやビリヤード台がある「ヨナス」。そのほかピンボール、ジュークボックスなどもクナイペには欠かせない。

では何を呑むのかといえば、それはもう圧倒的にビールだ。クナイペにはジンやウイスキー、ワインなども当然揃っている。しかしビールはなんと言っても安いし、うまい。主流のピルスナーは銘柄にもよるが、苦いだけでなくしっかりとした麦芽のうまみがある。夏でも乾燥しているドイツでは、ビールをキンキンに冷やすことはないのでじっくりと味わえるのがいい。0.2リットル入りグラス(ドイツのメニューにはリットル単位で量が明示されている)で2ユーロ前後(1ユーロ=約125円、2019年3月現在)だから、心置きなく呑めるというものだ。

ドイツのクナイペと言えば、やはりビール。

これがタップ(樽生ビールの注ぎ口)。6つあるプレートは、各ビールの銘柄を示している。このほか瓶ビールもある。

クナイペに来たほとんどのお客は、タップ(樽生ビールの注ぎ口)から注がれる樽生ビールを注文する。カウンターの内側には必ずビールのタップがあり、この数が4つ、5つと増えるほど、樽生ビールの銘柄が豊富ということになる。

地元メーカーや地方で有名なビールなど、品揃えには店主の意向が反映されていたりするので「なんでこのビールを入れているの?」というところから、私はよく会話を広げている。アルコールが苦手ならば、夜であってもコーヒーやソフトドリンクを頼んだっていい。

 

初めてクナイペ行く人へ

私は目下のところ友人の日本人女性と「ベルリン酒場探検隊」と称して、ベルリンのクナイペを片っ端から回るという「修行」を行っている。呑むのが好き、見知らぬクナイペに突入する緊張感とワクワク、おしゃれでもなんでもない「庶民のベルリン」を伝えたい、そんな気持ちがごちゃまぜになって発生したプロジェクトだ。

その「修行」から、一見の客やおひとり様でも入りやすいポイントが見えてきたので伝えたい。

  1. 早い時間帯に行く
    昼間から開いているクナイペもある。オープン時間と同時に入店し、1〜2杯楽しむ。早い時間帯でも常連客はいるが、空いているのでひとりでも入りやすい。
  2. 暖かい季節に行き、テラス席に座る
    4月から10月頃までなら、利用しやすいテラス席が設置されている。いきなり店内に入るよりも気楽。
  3. 禁煙・喫煙をチェックする
    クナイペでの喫煙についてはドイツの各州によって異なるが、ベルリンの場合は禁煙・分煙・喫煙可の3タイプに分かれる。タバコを吸わないならば、禁煙または分煙クナイペを選ぶほうがよい。
    喫煙クナイペは入り口に”Raucherkneipe”(ラオハークナイペ)と明示されており、18歳未満の入場は不可。もし喫煙者で禁煙クナイペに行ってタバコを吸いたくなったときは、屋外に出れば喫煙できる。
  4. 英語版旅行口コミサイトの掲載店へ行く
    クナイペにもよるが、英語が通用しないこともある。英語版のトリップアドバイザーなどをチェックし、外国人観光客がコメントを入れている店を選べば、英語が通じる可能性は高い。
    もしもクナイペの扉を開けて「あ、ここは無理だな」という雰囲気を感じたら、入店せずにその場で出てしまえばいい。私自身も、扉を開けた瞬間に常連たちからの視線が一斉に刺さって、そのまま踵を返したこともある。そんな経験もまた話の種になるというものだ。

 

今年で創業50周年。老夫婦経営の昭和なクナイペ

もしベルリンのクナイペに行きたいと思われたら、おすすめしたい店がある。70代の夫婦が経営する、今年創業50周年を迎えるクナイペ「ツム・シュタムティッシュ(Zum Stammtisch)」だ。

歴史あるクナイペはいくつかあるが、普通は経営者は何代も替わっている。しかしこの店は1969年にクラウスさんとレギーナさん夫妻が創業して以来、ずっと2人で続けているクナイペのレジェンド的存在だ。

クラウスさん(右)、レギーナさんご夫妻

1969年から今年2019年で創業50年を示す看板。この数字は毎年更新される。

ここに来ると、昭和の時代を思い出す。時代はもはや令和に入ったというのに、ここはいまなお昭和なのだ。ベルリンなのにおかしいかもしれないが、店内の調度品や創業時の写真が、自分が幼少だった頃の昭和を感じさせるのだ。そういえば、店主ご夫妻は私の両親とも歳が近い。聞けばお2人の娘さんたちも私と同年代。なんだか実家に戻ったような気になる。日本の両親になかなか会えない分、ここでビールを呑むとするか……。

ここに来ればいつでも夫妻に会える。お客が店に押し寄せて忙しいときは、ご近所に住む娘さんたちにヘルプを頼むこともあるという。

昭和の時代を知る人なら、当時がよみがえってくるのではないか。

「この辺りも以前はたくさんクナイペがあったんだけれど、みんななくなっちゃってねえ。本当は私はこの歳まで店を続けるつもりはなかったんだけど、クラウスがやるって言うもんだから」と、ビールを注ぐクラウスさんの隣で奥さんのレギーナさんは笑う。

手作りのドイツ風ハンバーグ、ブーレットをアテに店の歴史を聞くのは、現場でこそできる勉強ではないか。今年の夏には50周年記念パーティーを開くという。クナイペの歴史のワンシーンに、私も参加したい。

レギーナさんお手製のブーレットとともに。ビールは「エンゲルハルト(Engelhardt)」というベルリンのメーカー。

クラウスさんは今日もお客にビールを注ぐ。

150年前はベルリンはヨーロッパでも最もクナイペがひしめく都市のひとつだったそうだが、その数は減り続けている。しゃれたバーやカフェが星の数ほどあるベルリンで、昔ながらのクナイペは流行らないのかもしれない。

しかしレギーナさんによれば「最近また若い人がクナイペに来るようになったんですよ」という。なんだかわかるような気もする。人が集い、語り、呑む。人がいる限り、その行為はなくならないことだろう。そこから生まれる文化もあるだろうし、クナイペはその一端を担ってきたのだと言える。

さ、今夜も文化の担い手たちに会いに行こうか。

 

取材協力

ヨナス Jonas / URL
Naumannstr. 1, 10829 Berlin

ツム・シュタムティッシュ Zum Stammtisch / URL
Bredowstr. 15, 10551 Berlin

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

久保田 由希

久保田 由希

東京都出身。ただ単に住んでみたいと2002年にドイツ・ベルリンにやって来て、あまりの住み心地のよさにそのまま在住。「しあわせの形は人それぞれ=しあわせ自分軸」をキーワードに、自分にとってのしあわせを追求しているところ。散歩をしながらスナップ写真を撮ることと、ビールが大好き。著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか多数。HPTwitterFacebookInstagram

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