インスタ映えが韓国の過疎地を救う? アート街化と別れる明暗

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原色好きの韓国は「インスタ映え」の聖地?

韓国といえばインスタ映え」といわんばかりに、ここ2~3年の間、10代~20代をターゲットにした日本のファッション雑誌でも韓国特集が組まれるなどして、カフェや壁画村、お花畑などのフォトジェニックな場所が注目を集めています。

もちろん韓国人の若い女性たちも、日常的にスマホのカメラで自撮りをしたり、伝統衣装の韓服を着たりして、写真撮影を楽しんでいたりします。

 

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世界的なInstagramの流行も相まって、意図的にそうしたスポットを作り出されてきた面がありますが、もともと原色を好む韓国人の色彩感覚が、Instagram全盛時代にマッチしたのではないでしょうか

韓国でのインスタ映えの象徴ともいえる翼

そんなインスタ映えスポットはカフェだけにとどまりません。Instagramが世に登場する前から、アートスポットとしての「壁画の町」がソウルにも地方にもあります。しかし、そのような場所の成り立ちを探ってみると、「韓国社会の闇」とされるところが明るみになってきます

 

斜面に建つ貧民街「サントンネ」と「タルトンネ」

ソウルや釜山を訪れて街を見渡してみると、小さな山や丘が手の届きそうなところにあります。後者の方が、市内の約半分の面積が山である分より顕著です。そして、これらの斜面にも家々が建っており、人々が暮らしているのです。

このような場所は元々、「山の町(サントンネ(산동네))」と呼ばれていましたが、そのような場所での生活を美化して「月が届きそうな場所」と情緒的に表現したことなどから、「月の町(タルトンネ(달동네))」とも呼ばれています

70年代のソウル・奉天洞のタルトンネの再現(順天ドラマ撮影場)

このようなタルトンネにはもともと、地方から都会に出てきて住む場所がなかった人たちや、朝鮮戦争(1950~1953)の際に故郷を捨てて逃れてきた人たちが寄せ集まって暮らしていました。したがって、あまり裕福でない人たちが暮らすイメージがあり、今でもタルトンネは貧民街として認識されています。

仁川・水道局山タルトンネ博物館

貧民街は必ずしも斜面に形成されたわけではありませんが、当然ながら条件が悪い場所は住宅費が安くなるものです。平地に住むことができず、街からあぶれた人たちがこのような場所に棲みつくようになったといえます。

そこで1988年のソウル五輪の前後、これらの環境を改善しようと政府や自治体が本格的に動き出します。再開発を行い、数多くの撤去を進めました。そして2000年代にまで残った地区では、大学生や若い芸術家たちを呼び、街にアートをちりばめて観光地化を図ったのです。(参考「韓国におけるタルトンネの価値転換と観光資源化」轟博志 著 ほか)

 

タルトンネの「アート街」化による光と影

定番のアート街、ソウル・梨花洞(イファドン)

その先駆けとなった場所が、ソウル・梨花洞(イファドン、이화동)という町。駱山(ナクサン、낙산)という山の斜面に家々が立ち並んでおり、その家の外壁や、路地にある階段には壁画が施されています。これらは2006年の政府機関によるプロジェクトの一環で行われたもので、それ以来観光客が訪れるようになりました。

ソウルを紹介する観光ガイドブックには必ず載る場所となり、その賑わいに引っ張られてカフェなども続々と出店。しかし、いちどは功を奏したものの、同時に弊害も生まれてしまいます。実際に2016年の秋に訪れたところ、一部の壁画が騒音に悩まされた住民の手によって消されており、絵を消したことが訴訟にまで発展。街のところどころには赤い文字で「人間らしく生きたい」「静かにしてください」と書かれているような状況となっていたのです。

描かれた壁画は住民の手によって消された(左・2012年、右・2016年)

彩りのマチュピチュ、釜山・甘川文化村

港町・釜山にある甘川文化村(カムチョンムヌァマウル、감천문화마을)もまた、観光地化されたタルトンネのひとつ。やはりここも朝鮮戦争の避難民たち、そのなかでも太極道という宗教の信徒たちが集まって形成された町で、街のアート化によりここ約10年のあいだに全国的に知られる釜山の名所のひとつとなりました。

甘川文化村の風景

最寄りの地下鉄駅からバスに乗り、10分ほど斜面を登っていくとたどり着くこの町からは、釜山の海を望むことができます。キムタクこと木村拓哉氏が出演した2007年の映画『HERO』のロケ地にもなったため、見覚えのある方もいらっしゃるかもしれません。

カラフルな家々はもともと、ここの住民たちがそれぞれ好きな色に塗っていたもの。丘に家々が建つ様子からこの場所が「マチュピチュのようだ」と話題となり、それから2009年に町アートプロジェクト「夢見る釜山のマチュピチュ」プロジェクトが行われ、街にアートが施されるようになったのです。

家の外壁や狭い路地もこんなふうに

町のところどころにも様々なアート

その結果、2012年には10万人に満たなかった観光客も、2017年には年間200万人を超えるまでになりました。しかしこのようにアートを施しただけでは、観光客が訪れても街を眺めて写真を撮って回るだけのため(もちろん筆者も含めて……)、経済効果が薄いことは課題になっているようです。

また、甘川文化村の隣にあたる峨嵋洞(아미동、アミドン)には碑石文化村(비석문화마을、ピソンムヌァマウル)があり、そこは日本統治時代に共同墓地だったところ。残された墓石を階段や家の基石として使った場所で、こちらにもアートが施されています。

 

メルヘンチックに生まれ変わった過疎地域

ところ変わって同じく港町の仁川。1876年の日朝修好条規により、釜山に続いて開港した港町のひとつです。1883年の開港後には日本人や中国人はもちろんのこと、世界各国から仁川へと人々が移住してくるようになりました。

仁川にはチャイナタウンがあるのですが、そのとなりに2014年に完成したのが、メルヘンチックな松月洞童話村(송월동 동화마을、ソンウォルトントンファマウル)です。もともとこのあたりには開港後にドイツ人をはじめとした各国の人たちが暮らし、そのあとの時代も富裕な町としてつづいていました。しかし、住人の高齢化が進み、どんどん街が廃れていったのです

人が住む町がまるでテーマパークのように

建物も路地もメルヘンチックに

そこで、自治体主導により街を再生するプロジェクトが行われます。もともと壁画はちらほらと描かれていたようですが、それだけでなく、立体的な装飾までが施され、様々なキャラクターがこの場所に描かれるようになり、フォトジェニックなスポットへと生まれ変わったのです。

韓国人だけでなく各国のインスタグラマーも訪れる

高齢化で街を活性化させた場所にはほかにも、廃品アートを町中に並べた光州のペンギン村などがあります。このように韓国各地で似たようなプロジェクトが行われ、街に壁画やアートを配置し、貧困や高齢化の町をより明るい印象へと生まれ変わらせているのです。

ペンギン村の写真はこちら。

 

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甘川文化村で住民の方に話を聞いたときは、人が押し寄せるようになったことで、家の扉を開け放しにできなくなったり、騒音などで迷惑している人もいる、とのこと。実際、多くの場所が同じような問題に悩まされているようです。しかし、町のイメージ向上により地価が上がったり、住民たちの誇りにつながることもまた事実でしょう。

そして、観光客としてはやはり、これらの場所を訪れるときは住宅地であるということを意識して、騒がないようにしたりと、節度のある行動やマナーを意識することが必要だと言えます。

 

世界の有名な建築物が集まる地中海村

最後に紹介する場所は、韓国中部に位置する忠清南道・牙山(아산、アサン)市にある、かつての農村。ここには異国風の建物が立ち並ぶ町が造成されており、その名を「地中海村(지중해마을、チジュンヘマウル)」といいます。

写真(奥)の高層ビルは、サムスンの高層アパート

ここにはかつてぶどう畑が広がっており、地元の農家たちが暮らしていました。しかし2000年、韓国の大手企業サムスン電子が液晶(LCD)工場と、高層アパートを含む大型産業団地の造成を決定したことによって、故郷を去らなければならない危機が訪れます。

そこで彼らは組合を作って対策を練り、双方の折衷案として生まれたのが、「産業団地のそばに新しい街を造成すること」。その建物の下の階をテナントとし、上の階を住居とすることで、住民たちが賃貸料収入を得られるようにする、というものでした。

人を呼び込むためにどのような街を作るべきか、と検討を重ねた住民たちは、ベンチマークとするために実際に地中海沿岸を巡り、最終的にフランスのプロバンス、ギリシャのバルテノン神殿、ギリシャのサントリーニをモチーフにした建物を築いたのです。完成した建物の1階にはカフェ、食堂、ショップなど、2階にはゲストハウスが作られた建物も。そして3階が住民たちの生活の場です。

ぶどう農家だった住民たちが実際に海外に出かけて街を作る、という行動力には驚くべきものがありますが、現代の韓国人は旅行に限らず、留学や移民、就職などで積極的に海外へ飛び出していく傾向にあります。そのような背景が住民たちの動きに影響しているのかもしれません。

左はサントリーニ、右はプロバンスをイメージした建物

実際に町を訪れてみると、住民の中年女性がおしゃべりしながらベンチに腰掛け、ニンニクを剥いているという光景を目にするほど、生活感のある場所でした。休日はお昼ごろになると地中海村を訪れる車が増えだしてきて、観光地らしくなってきます。そしてやはり、町のところどころにアート作品が置かれ、その前で写真を撮る人も。

パルテノン神殿を模した建物

町の入り口には「BLUE CRISTAL VILLAGE」と書かれたゲートが設置されているのですが、このBLUEはサムスンカラーのブルー、CRISTAL の「C」という文字はLCDの「C」を意味するのだとか。このような名称(正式には『地中海マウル(村)』)が付けられたことは、もといた住人とサムスンが完全に和解し、良好な関係を築けていることによるものだといいます。

地元住民が知恵を絞って築かれた地中海村は、政府や自治体による支援があったタルトンネや高齢化の町とは性質が異なるとはいえ、街の見栄えにこだわって観光客を集めて町おこしをしているという点では共通するように思えます。

 

「インスタ映え」する町、その成り立ちや問題も考えてみて

これらすべての場所に共通することといえば、とにかく色使いが派手なこと。韓国人は原色が好きなのか、そうしたところが写真映えするということで、インスタグラマーたちに人気のスポットとなっています。

海に臨むタルトンネ、統営・トンピラン村(동피랑마을)

それぞれ貧困や高齢化、過疎という問題を抱えている町を明るくしようと行われた試みにより、観光客が訪れ、街がにぎやかになったという意味では成功なのでしょう。しかし、人々が押し寄せたことにより、騒音などのまた違った問題が生まれてしまいました。

地中海村はその性質が異なりますが、サムスンのような財閥企業は経済的に韓国を支えている一方で、場合によっては国民の経済格差を生み出す要因となったり、さらには企業の大きな決定が、中小企業や個人に打撃を与えたりすることもあります。

このような一風変わった町で、「インスタ映え」する写真を撮ることを大いに楽しんでいただきたいと思う一方で、それらの裏側にはなにかしらの社会背景があるということも、ほんの少しでも頭に入れておいていただけたらと思うのです。

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この記事を書いた人

吉村 剛史

吉村 剛史

東方神起やJYJと同年代の1986年生まれ。「韓国を知りたい」という思いを日々のエネルギー源とするも、韓国のオシャレなカフェには似合わず日々苦悩。ソウルや釜山も好きだが、地方巡りをライフワークとし、20代のうちに約100市郡を踏破。SNSでは「トム・ハングル」の名で旅の情報を発信。Profile / Twitter / Facebook / Instagram / 韓旅専科

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