もはや曲芸?インド起源のマレーシアの”引っ張るお茶”テー・タリック
※本記事は特集『海外の飲み物』、マレーシアからお送りします。
マレーシアの飲み物事情
常夏のマレーシアでは、日中は30~36℃くらいまで気温が上がるので、涼しい早朝が気持ちのよい時間です。集合屋台であるホーカーズや、コピティアム(コーヒーショップ)に行くと、朝から家族や友人で食卓を囲む風景が見られます。
華人の朝は中国茶からはじまる
華人(中国系)のおじいさんたちが飲むのは、もちろん中国茶。鉄観音茶やプーアール茶などをポットで頼み、ちびちびお茶を飲みながらおしゃべりを楽しんでいます。漢方の考えでは、暑いときに冷たい飲み物をとるのはかえって体を疲れさせるそうで、温かいお茶がいい、と信じている人は多いようです。
ほてった体を冷やすにはココナッツジュース
果物屋台には、一年を通じて大量のココナッツがあります。マレーシア人の友人が言うには「暑い時期にはココナッツ・ジュースを飲むといいよ」。ココナッツの実を割ると、少し青臭い透明な水分が入っています。若い実からとれるジュースには、体の熱をとる働きがあるとのこと。
お客が来ると、果物屋の店主はナタのような刃物でココナッツの実の上部を割り、ストローを差して渡します。屋台でも簡単なテーブルやいすを備えた店もあるので、車を路肩に止めて果物屋台で一休み、ということも。安全な水が手に入らなかった時代には、ココナッツが貴重な水分だったこともあり、地元では古くから親しまれている飲み物でしょう。
コーヒーは練乳と砂糖入りが標準装備
コピ(コーヒーのこと)も人気のある飲み物です。なぜかコンデンスミルク(練乳)と砂糖は標準装備らしく、「コピ・オー」(”ミルクなし”)と頼むと、コンデンスミルクは入らないものの砂糖入りになるので、甘くないブラック・コーヒーを頼みたければ「コピ・オー・コソン」(“砂糖なし”のブラック・コーヒー)と注文する必要があります。
ペラ州にあるイポーという街の発祥の、マーガリンを加えて豆を焙煎した「ホワイトコーヒー」も、今や全国で飲まれるようになりました。
民族を超えて親しまれる「国民飲料」テー・タリック
食堂でもコーヒーショップでも、マレーシアで飲み物を出すところなら、たいていあるのが「テー・タリック」。紅茶にコンデンスミルクを入れた、インド式の甘いミルクティーです。
もともとは「ママック」(インドからやってきたムスリムの人)が始めたそうで、マレー語で“引っ張るお茶”という意味。それは、両手を離して、左右1メートルくらいの間隔から器用にカップに注ぎ入れる仕草に由来します。これによって中身はよく撹拌され、少し泡が立った状態で供されることから「バブル・ティー」ともよばれます。
同じインド起源ということでチャイによく似ていますが、テー・タリックの方は牛乳ではなくコンデンスミルクを使うことが多く(入れ方は店によってもいろいろ)、スパイスの香りはあまりしない、甘いミルクティーです。
テー・タリックの大会も開催されていて、全国から腕自慢が集まって、本人が回転しながら、あるいは体の前から肩を越えて後ろ手でいれる妙技を競います。
「テー・テリックの戦い」(Battle of Teh Tarik 2015)と題された、2015年の大会の様子を紹介した動画です。
インド系の屋台「ママック・ストール」に行ったら、テー・テリックをいれる様子もぜひご覧ください。
イギリス統治の歴史とマレーシア産紅茶
テー・タリックにも使われる紅茶ですが、マレーシアに持ち込まれたのは、19世紀から第二次世界大戦後の独立まで、イギリスの植民地だったことが関係します。
マレー半島の西側にあるペナン島や、海峡を望むマラッカは、東西を結ぶ海上交易の拠点として好ましい立地です。そこでイギリス東インド会社はここに注目、スルタン(藩王)の後継者争いに乗じて巧みにマレー半島で勢力を伸ばしたのです。
イギリスは、統治下に置いた英領マラヤ(現在のシンガポールとマレーシア)で、熱帯特産の森林資源やゴム、錫(すず)などの鉱物、希少な香料などを軸に植民地経営を進めます。しかし、入植したイギリス人たちは一年中続く厳しい暑さと熱帯病、劣悪な衛生環境に苦しみ、避暑地を求めていました。
調査の結果、現在のパハン州にある海抜1350mの高地が好条件とわかり、調査者であるウィリアム・キャメロンにちなんで「キャメロン・ハイランド」と名づけられて開発が進められます。マラヤと同様、イギリスが植民地支配をしていたインドから茶の木を持ち込んでここに茶園を開発したのが、マレー半島での紅茶栽培の始まりです。
現在、国内で最大手のBOH社は、1929年にイギリス人が創業しています。キャメロン・ハイランドに3つの茶園をもち、国内で生産される紅茶の7割を生産しています。
なお、テー・タリックは同じく英領マラヤだったシンガポールにもあり、両国におなじみの「どちらが元祖・本家か」という論争のトピックのひとつになっています。
テー・タリックと街の風景
テー・タリックは、華人の経営するコピティアムや、若者が多いカフェにもありますが、一番よく見られるのはインド系の食堂や屋台でしょう。インド式の平パン「ロティ」とカレーのお供には、やっぱりテー・タリック。心地よい甘さがカレーの辛さを和らげてくれます。
気軽な屋台なら、1リンギ(約27円)くらいの安価な飲み物なので、老いも若きも楽しめるのも好まれる理由のひとつ。ビニール袋に入れてもらって持ち帰りにする人もいれば、子どもが砂遊びに使うような小さなバケツに氷を入れて、ビニール袋入りのテー・タリックを冷やして飲む人もいます。
2018年には、マレーシアに生産拠点のあるネスレが、チョコレート菓子「キットカット」のテー・タリック味を発売しました。その浸透ぶりがうかがえます。
キットカット、テー・タリック味発売。
ただ、コンデンスミルクが入った甘さが、マレーシア人の肥満や糖尿病率の高さに関係しているという指摘もあるせいか、最近は注文するときに「クラン・マニス」(甘さ抑えめで)と言う人が増えたような気もします。
自宅でお好みのテー・タリックをいれてみよう
テー・タリックに必要なのは、紅茶とコンデンスミルクだけ。家で自分用のものをいれることもできます。もともとは等級の低い茶葉を美味しく飲むための工夫なので、テー・タリックには、安価なブロークン・ティー、またはその下のダスト・ティーが使われます。
<材料>
紅茶の茶葉 大さじ4~5、水350cc、コンデンスミルク 少々
<作り方>
1 鍋にお湯を沸かし、好みの量の紅茶の茶葉を入れる。
2 浮いてきた茶葉をスプーンで混ぜながら、中火で煮出す。
3 茶こしで茶葉を取り除く。
4 紅茶にコンデンスミルク(適量)を加える。
マレーシアのインターネット掲示板では、「美味しくいれるコツを教えて」という質問に、何人もの人が答えています。
「ティーバッグの紅茶じゃだめだよ。やっぱりリーフ・ティー(茶葉)じゃないと」
「香りが飛んでしまうので、面倒でも茶葉は少量パックで買うといいよ」
「テー・タリックには大手のリプトン紅茶より、地元のBOH紅茶の方が合うみたい」
「茶葉は紅茶だけでなく、プーアール茶や緑茶を少し混ぜてもいい感じよ」
「細かい茶葉をこすには、布フィルターが便利」
……という具合で、みなさん、なんと親切なことか。
なかには自分のお気に入りの作り方を公開している人もいて、マレーシア人のテー・タリックへの熱い思いも感じとれます。
お店で飲むものいいものですが、自分でいれるのは、好みに応じて自由に配合を変えられるのが魅力。シナモン・スティックや、カルダモンを加えても香りが楽しめます。みなさんもぜひご自宅で、お好みのテー・タリックをお楽しみください。
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編集:ネルソン水嶋
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この記事を書いた人
森 純
マレーシアを中心に東南アジアを回遊中。東南アジアにはまったのは、勤めていた出版社を辞めて一年を超える長旅に出たのがきっかけ。十年あまりの書籍・雑誌編集の仕事を経てマレーシアに拠点を移し、ぼちぼち寄稿を始めました。ひとの暮らしと文化に興味があり、旅先ですることは、観光名所訪問よりも、まずは市場とスーパーマーケットめぐり。街角でねこを見かけると、つい話しかけては地元の人に不思議がられています。