性善説で回るミャンマー・ヤンゴンのバス、バイク禁止の理由は星占い?

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※本記事は特集『海外の通勤』、ミャンマー・ヤンゴンからお送りします。

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バイクも自転車もないミャンマーの通勤風景

「和をもって尊し」を心がける敬虔な上部仏教徒のミャンマー人。その通勤風景もまた、御仏の教えを実践する信頼と思いやりにあふれた場となっています。

こちらはヤンゴン中心部の朝の風景です。

近隣のアジア諸国との決定的な違いにお気づきでしょうか。そう、バイクと自転車の姿がまったくないのです。

実はヤンゴン市内は、市街中心部から特に離れた2区を除く全33区中31区でバイクが禁止。自転車も大きめの道路の通行が禁じられているため、実質、中心部を走ることができないのです。というわけで朝の幹線道路は路線バスとタクシーが埋め尽くしています。

先ほどの写真で、路線バスとタクシーに印をつけてみいました。状況がおわかりいただますでしょうか。

最近では乗用車をもつ人も増えてきてはいますが、まだまだ少数派。企業によっては軽トラックの荷台を改造した従業員送迎車両を用意したり、近隣の従業員同士でタクシーに相乗りさせてタクシー代金を補助したりするケースもありますが、やはり庶民の通勤はバスが圧倒的なのです。

 

バイク禁止は星占いのせい!?

そもそも何故バイクが駄目なのでしょうか。軍事政権下にあった15年ほど前に禁止になったのですが、理由には諸説あります。

政府高官息子のバイク事故死亡説

「息子が亡くなる原因になったバイクなんて禁止してしまえ!」ということなんでしょうが、一個人の感情で禁止というのもどうなんでしょう。

ベトナムを反面教師にした説

政府高官がベトナムを訪問した際に現地の道路事情を見て、「ミャンマーも今のうちに禁止しないとこうなってしまう」と危機感を覚えたから。ありそうな話です。

政府高官がバイクに抜かされてムカついた説

車で移動中の政府高官がバイクに抜かされて怒ったというのですが、バイクを運転していたのはヤンゴンのブリティッシュカウンシル(イギリスの国際文化交流機関)所属のイギリス人という噂もセットになっています。

バイクでの暗殺を恐れた説

当時の軍事政権による圧政下では暗殺の危険性は高かったでしょうから、理由としてはありそうです。

星占い師の進言説

ありえないと思われるかもしれないですが、占いを重要視するミャンマーでは実は最も信憑性が高い説です。政府高官はみな専属占い師を擁しており、政策に関しても進言を受けているというのがもっぱらの噂です。ヤンゴンからネーピードーへの遷都も星占いで決めたとか決めないとか……。

どの説が正解かはわかりませんが、政府高官の思いつきに近い考えがきっかけになったことは確かなようです。

 

仏教色濃いミャンマーのバスには僧侶優先席も

では、バスでの通勤風景をのぞいてみましょう。

バス通勤が主流であるだけに路線網は充実しており、ラッシュ時だと数分おきに同じ路線番号のバスが来るほど本数もあります。中国から購入した新しいバスもある一方で、日本の中古バスもまだまだ現役。私が郷里で乗っていた阪急バスもよく見かけます。

日本語の注意書きが残っているバスも少なくありません。

こちら運転席の上部。仏像やパゴダのポスターを貼ってあることが多いです。

一部の路線を除きワンマンバス制で、前から乗って運転席横のボックスに運賃を入れ、後ろから降ります。降りたい停留所が近づいたらベルを鳴らして知らせるのも日本と同じです。路線によってはプリペードカード対応になっているバスもありますが、その場合も運賃箱は備わっており、現金でも払えます。

この運賃箱、けっこう手作り感あふれる造りですが、将来的には全路線をプリペイド方式にするとヤンゴン市は発表しているため、一応「仮」なのです。ただし、いつまで「仮」なのかは誰にもわかりません……。

気をつけねばならないのは「前方の席は僧侶優先」というマナー。若い僧侶が乗ってきて老人が座っていたとしても席は僧侶に譲ります。そもそも年配の人ほど信心深いですから、必ず僧侶に譲っていますね。

一生に2度出家するのがよいとされているミャンマーにはおびただしい数の僧侶がおり、同じバスに10分も乗っていれば必ずといってよいほど僧侶が乗ってきます。ですから私の場合、なるべく後ろの席を狙うようにしています。なお、僧侶から運賃を取らない運転手が多いのもミャンマーならではです。

 

信頼関係で成り立つミャンマーの路線バスシステム

基本的にミャンマー人は他人のミスを咎めるのが苦手です。うっかりして乗り込むときに運賃箱にお金を入れるのを忘れる人がいても、運転手が注意をすることはまずありません。実際、小銭を出しておくのを忘れて運賃を払わずに乗り込み、降りる際にバスの前まで回りこんで払いに来る乗客もいますので、お互いに信頼関係で成り立っているといえます。

困るのは大きいお金しかないとき。ご覧になったとおり運賃箱は機械ではないので釣銭は出ませんし、運転手も小銭を用意していません。運賃は市内ならだいたい200チャット(約16円)。乗客が1000チャット札しか持っていなかった場合は、なんと乗客自身が運賃箱の横に立ち、後から乗ってくる人たちから自分で釣銭分を集めるのです。
ちょっとわかりにくい写真ですが、こんな感じです。

ちなみにこの女性、結局自分が降りるバス亭までに600チャットしか集まりませんでしたが、文句を言うでもなく降りていきました。日本だったら運転手なりバス会社のお客様相談室なりに苦情を入れるところでしょうが、ミャンマー人は「運が悪かった」として何も言いません。

実は、昨年の路線バスシステムの改定で運転士ひとりによるワンマンバス制へ変わったのですが、それまでは車掌が車内で運賃を集めていました。

ちなみにこちらは改定前の古いバスです。個人的にはレトロな雰囲気で好きだったのですが、今はもう走っていません。

中国やベトナムでバスに乗った際、どんなに大勢の人たちが乗り降りしたとしても、運賃がまだの人を車掌は間違うことなく識別して集めるそのプロフェッショナルぶりに感心したものです。しかしミャンマーでは、いくつかの停留所ごとに車掌が「運賃まだの人~」と言いながら車内を回り、申告した人からだけ運賃を集めていました。ぼーっとしてて渡し忘れ、降りるときにあわてて車掌を探す羽目になったことが、私自身何度もありました。

車掌制からワンマンバス制に変わった際には、システムを理解できずに運賃を払わず乗り込む人がたくさん出たのですが、その時でさえ運転手は何も言いませんでした。乗客の方はいつまでたっても車掌がお金を集めに来ないので騒ぎ出し、状況を理解している人が説明するという光景がしょっちゅう車内で繰り広げられました。

もちろん事情を理解した時点で運賃箱へお金を入れに行くのですが、身動き取れないほど混雑したラッシュ時には、お金だけが乗客の手を経由して運賃箱へと運ばれていました。何もかもが信頼の上に成り立っているというのは、実にミャンマーらしいといえます。

 

船と鉄道への期待

基本的に通勤の足はバスですが、中古車輸入規制が緩和されてヤンゴンに車が激増加して以来、渋滞が大きな社会問題になっています。少しでも緩和するため、政府が現在力を入れているのが、市内をぐるりと周回する環状線鉄道と市街を流れる河を走る船の利用です。環状線は日本のJICAも協力してスピードアップを図っており、船の方は昨年にダウンタウンと市街北部を結ぶウォーターバスの就航が実現しました。

今後、これらの交通網整備が軌道に乗れば、朝の通勤風景もまた違った光景になるのかもしれません。それでもお互いを信頼し、善意でものごとを進めるミャンマーの長所は、いつまで変わらないでいてほしいものです。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

板坂 真季

板坂 真季

ガイドブックや雑誌、書籍、現地日本語情報誌などの制作にかかわってウン十年の編集ライター&取材コーディネーター。西アフリカ、中国、ベトナムと流れ流れて、2014年1月よりヤンゴン在住。エンゲル係数は恐ろしく高いが服は破れていても平気。主な実績:『るるぶ』(ミャンマー、ベトナム)、『最強アジア暮らし』、『現地在住日本人ライターが案内するはじめてのミャンマー』など。Facebookはこちら

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