地下鉄とバスで車依存は変わるか?マレーシア首都圏の通勤事情

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※本記事は特集『海外の通勤』、マレーシアからお送りします。

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マレーシアのおじさんバイクは割烹着スタイル

「あれ? どうしたんだろう。あ、次の人も!」。

電車やバスで行ける場所が限られるクアラルンプールの街では、手軽な移動手段としてバイクが利用されています。乗っているのは若い男性が中心ですが、おじさん世代に特徴的なのが、上着に袖を通して後ろ前に羽織る、割烹着(かっぽうぎ)のようなスタイル

これがジャケットを後ろ前に羽織った、割烹着スタイル。

走っている最中に風を受けると寒いからのようですが、普通に上着を着込むのは暑い、というわけでこのスタイルが定着したようです。これなら背中は上着に覆われていないので涼しく、腕が日に焼けるのも避けられます。

ちなみに、お隣のシンガポールに住んでいた友人によると、この割烹着スタイル(?)はシンガポールでもよく見かけるとのこと。何かと共通することが多いマレーシアとシンガポール、こんなところにも共通項がありました。

ところで、マレーシアのバイク保有率は3人に1台(出所)。日本は11人に1台ですので、人口の集中しているマレーシアの都市部では、日本よりもバイクが多い印象です。

オフィスビルの駐車場にはバイクがぎっしり並ぶ。

渋滞する車の脇から追い越すので早く進める一方、バイクの無理な割り込みが自動車の走行を妨げているという指摘もあります。

 

国産車生産国のプライドと、深刻化する渋滞

イギリス統治時代に道路が整備されたマレーシアは、典型的な車中心社会。錫やゴム、木材などを港から輸出するために幹線道路ができたので、1960年代には日本よりもずっと道路事情がよかったそうです。

最近、ベトナムが国産車を販売したと報じられましたが、マレーシアは長らく東南アジアで唯一、国産の自動車メーカーがある国でした。車好きで、親日家としても知られているマハティール首相のイニシアティブを背景に、1983年には三菱自動車との提携により「プロトン」が誕生。続いて1993年にはダイハツ工業との提携で「プロデュア」ができました。

年々深刻になっているクアラルンプール中心部の渋滞。

国産車生産はマレーシアの工業力の水準の高さを示すものでもありましたが、高価な外車を買わなくても車に乗れるようになったことが、渋滞に拍車をかけた一面もあります。

「このまま車が増えたら、渋滞は一層ひどくなる」という漫画。
“The dreadful traffic jams” The Star, March 8, 2014. Retrieved on October 10, 2019.

バンコクやジャカルタなど、近隣国に比べればまだましですが、2014年の世界銀行の報告書によると、首都圏一帯の渋滞による経済的損失は国内総生産の1~1.8%、200億リンギ相当(6580億円)と試算されています(出所)。

 

渋滞緩和の切り札、公共交通は国民の意識を変えるか?

悪化する一方の渋滞を緩和するため、ここ数年、政府は電車や路線バスの利用を国民に呼びかけています。これまでにもモノレールやLRT(軽量軌道鉄道)はありましたが、路線が限られていて、利用しにくい地域がかなりありました。

プラットフォームでモノレールを待つ人びと。

路線バスの停留所には時刻表もなく、渋滞で遅れることもよくあるので、定刻に目的地に着きたい通勤者は自家用車やタクシーに頼らざるをえない事情もあったのです。

路線バス車内の様子。

そんな中、2012年には無料の循環バス「 GO KL」の運行がスタート。中心部のバスターミナルや鉄道駅を結んでいます。2017年には待望のMRT(大量高速交通システム)も開業、利用できる交通手段も増えてきました。

中心部を循環する無料バス「GO KL」のターミナル。

課題は「当てにならない」という公共交通のイメージ刷新と、車の便利さに慣れたマレーシア人の意識改革。近所の買い物にも自家用車で出かける生活スタイルを変えられるかどうかが鍵です。

地元紙の報道によると、MRT開通当初は10万人程度だった利用者は10日あまりで倍増。政府は「首都圏の渋滞は22%減少した」と発表しています。MRTは今後も延伸も計画されているため、渋滞緩和への貢献が期待されています。

MRT建設工事中の頃の繁華街ブキッ・ビンタン。

 

通勤時間は引っ張りだこの、マナーのよいタクシー運転手

公共交通が整備されてきたとはいえ、自分で車を運転しない人にとっての足はタクシーです。

しかし、クアラルンプールのタクシーは評判が悪く、道を知らないのは仕方ないとして、メーター使用が定められているのに拒否したり、遠回りして料金を上げるほか、強盗や暴行事件もたびたび報じられています。イギリスのタクシー評価サイトで「悪質なタクシーが多い都市」に選ばれたこともあるほど( “KL cabbies the worst, says UK taxi rating site”, The Star, July 2, 2015. )。

空港や主要駅では、定額制のクーポン・タクシーもある。

移民社会だけに言語の問題も複雑で、国語のマレー語ができればおおむね問題ないのですが、英語しかできないとなると運転手に細かい方向指示が伝わらないこともよくあります。わたしも南アジアからの出稼ぎ運転手のタクシーに乗り、マレー語も英語もうまく通じなくて、目的地まではらはらしたことがありました。

タクシーを止めるときには、車体に表示してある運転手名から民族の見当をつけ、共通言語を探りながら行き先を告げて、運転手が承知すれば乗るという手順になります。行きたい方向が違うと、断られることも。

そういうわけで、感じのよい運転手は引っ張りだこ。わたしも探してみましたが、通勤時間帯は予約がある人が多い印象。最近は配車アプリGrabが市民の足になりつつあります。

断食明け大祭を控え、ソンコック(帽子)を乗せたGrabタクシー。

ちなみに、東南アジアで急速に広まっているGrabを開発したのはマレーシア人のアンソニー・タン氏。劣悪なタクシー・サービスに困っている人が多いのをなんとかしようと、GPSを利用した配車を思いついたのが起業のきっかけだそうです。まさに「必要は発明の母」ですね。

 

ジョホール州の「越境」通勤ラッシュ

ちょっと変わった通勤に、隣国シンガポールへの越境通勤があります。マレー半島南端にあるジョホール・バル(ジョホール州の州都)からシンガポールは、ジョホール水道にかかる橋を渡って1時間あまりの距離。距離的には立派に通勤圏なのです。

イギリスの統治していた時代は英領マラヤとして、独立後も一時は同じ国であった両国は地理的にも歴史的にも関係の深い国同士。物価の安いマレーシアに住みながら、待遇がいいシンガポールで働く人たちがいます。

別れても理解者同士、”元夫婦”的なマレーシアとシンガポールの関係。

日常的な往来がある国境なので、ジョホール・バルのチェックポイントには自動改札のようなゲートがあり、事前の登録により簡略に出入国手続きを済ませることもできます。

わたしも、朝ジョホール・バルから国境バスでシンガポールに入国し、用事を済ませて夕方にまたバスでマレーシアに戻ってくることがあります。朝の通勤時間、夕方の退勤時間帯には、自家用車のほかに通勤者を乗せた国境バスや乗り合いバンも加わって国境は大渋滞。

シンガポールに向かうバスの車内から見た国境の渋滞。

島国の日本ではちょっと考えにくい通勤ですが、マレーシアとシンガポールが非常に近い関係にあることが体感できます。

一方、マレーシアでは考えにくいのが自転車通勤。通年暑いこと、乱暴な運転の車が多く交通事故が多いことから、自転車での移動は好まれないようです。

中国正月のディスプレイ。自転車は「昔懐かしいもの」という位置づけらしい。

わたしが高校時代、片道6kmの距離を自転車で通学していたことを当地の人に話すと、間違いなく驚かれます。友だちの女性は「そんな長距離を自転車で? 冬は雪が降るのに? 絶対無理! わたしならお金を払ってでもスクールバスで通うわ」。日本の公立校で通学バスがあるところは珍しいのですが、交通事情のよくないマレーシアでは、学校や学習塾にもバスがあります。

さまざまなスタイルの通勤風景を観察していると、都市計画や交通事情など、マレーシアのお国ぶりも見えてきます。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

森 純

森 純

マレーシアを中心に東南アジアを回遊中。東南アジアにはまったのは、勤めていた出版社を辞めて一年を超える長旅に出たのがきっかけ。十年あまりの書籍・雑誌編集の仕事を経てマレーシアに拠点を移し、ぼちぼち寄稿を始めました。ひとの暮らしと文化に興味があり、旅先ですることは、観光名所訪問よりも、まずは市場とスーパーマーケットめぐり。街角でねこを見かけると、つい話しかけては地元の人に不思議がられています。

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