“目の保養”は功徳?ミャンマーのエメラルドグリーンに見る上座部仏教
※本記事は特集『海外の色』、ミャンマーからお送りします。
ナショナルカラーならぬイメージカラーはエメラルドグリーン!
「ミャンマーを象徴する色って何色?」
ミャンマーのガイドブックを制作した際、装丁のメインカラーを決めるためにデザイナーが私に聞いた質問です。日本なら日の丸の赤と白、フランスならトリコロールといった“決め色”というべきものがミャンマーにはありません。
そこで私が答えた色は、エメラルドグリーンでした。
ミャンマーでは街中の家々やパゴダの建物、壁などをエメラルドグリーン、ないしはそれに近い明度や彩度の色で塗り分けることが多く、私がミャンマーに足を踏み入れて最初にこの国に惚れ込んでしまった大きな理由も、涼しげで愛らしいこの配色にありました。
ミャンマーで国旗色が盛り上がらない理由
通常ナショナルカラーといえば、先にあげた日本やフランスのように、ほとんどの国では国旗の色を指すのではないでしょうか。ミャンマーだって国旗の色でよいはずです。しかし、王政からイギリスおよび日本の殖民地支配を経て独立を果たしたミャンマーでは、その都度、国旗のデザインが変わってきました。
直近では2010年に青・赤を基調にしたものから、黄・緑・赤3色の地に白い星を置いたものへと変わっており、まだ10年たっていません。
そもそもこの国旗変更自体、当時の軍事政権支配を強固にするための憲法改正を象徴する措置でしたから、国民は歓迎していませんでした。国民人気が高いアウンサンスーチーさんや国民民主連盟(NLD)は旧国旗よりさらに古い、独立後すぐの1948年に定めた国旗しか認めていないほどです。
しかも、庶民の敵意の対象となっていた当時の政権与党である連邦団結発展党(USDP)のロゴマークは、新国旗と同じ黄・緑・赤の3色。現国旗の3色を家や店舗にあしらえば、USDPの支持者かと思われてしまいます。こうした背景があり、ミャンマーでは国旗の色がナショナルカラーとはなりえなかったのです。
私をミャンマー好きにさせた淡いカラーリング
では、私にとってなぜ、エメラルドグリーンがミャンマーの色なのでしょうか。
個人的な経験になってしまいますが、私はミャンマー以前はベトナムに、その前は中国に住んでいました。さらにその前はヨーロッパ大陸とアフリカ大陸です。
いろいろな大陸を住み渡ってきた身にとって、ミャンマーではパステルカラー、中でもエメラルドグリーンに遭遇する率がとても高いと感じています。
特に前住地のハノイでは、住宅の壁の塗り分けなどに、黄、緑、ピンク、肌色という組み合わせが多く、これがどうにも好きになれませんでした。ミャンマーでも中国系の寺院はこの配色が目に付きます。
建物の中も外もエメラルドグリーン
では、ミャンマーのエメラルドグリーン遣いを見てみましょう。
まず、建物の外壁塗装。コンクリートの建物全体の外壁を塗ることもありますし、
木造建築でも、エメラルドグリーンの塗装が目に付きます。
ミャンマーの植民地時代の建築には、レンガ造りでありながら窓枠やよろい戸だけが木製というスタイルが多いのですが、木の部分だけをよくこの色に塗ります。
また、商店の木製よろい戸はかなりの確率でエメラルドグリーン。エメラルドグリーンでなくとも、淡いパステルカラーが大多数を占めているように感じます。
家具もこの色がよくありますし、
部屋の壁塗装にも多用します。
エメラルドグリーンに近い、黄緑やコバルトブルー、スカイブルーも頻繁に見かけます。
また、同じような淡い色をエメラルドグリーンと組み合わせるパターンも。
こちらなどは、ご近所とのコンビネーションが爽やかですね。
炎天下に裸足で歩かねばならないパゴダ
こうしたエメラルドグリーンを中心とする配色を、最もよく見かける場所はパゴダです。パゴダの中心にそびえる仏塔は金色のことが多いですが境内、とりわけ床はパステルカラー尽くしなのです。
というのも、ミャンマーのパゴダは土足厳禁。靴下やストッキングさえ履くことを認めていません。それでいて灼熱の国ですから、裸足で歩かねばならない炎天下の境内は、白または白に近いタイル敷きや大理石敷きでないと足の裏を火傷してしまうからです。
こちらはパゴダの境内でよく見かける、タイルの寄進申込所。1枚数十円程度から、タイルを寄進することができます。参拝者が気持ちよくお参りできるように、熱をこもらせない薄い色のタイルを寄進することで、功徳を積むことができるのです。
他人を涼しくすることで積める功徳
ミャンマー人は現世で積んだ功徳に応じて、来世の暮らしが決まると信じています。そのため、暮らしの様々な場面で功徳を積もうと努めますが、その中のひとつに、お釈迦様や他者を涼しくする、というものがあります。
仏像に一生懸命水をかけてお祈りしたり、通りすがりの人に食事を振舞って功徳を積む儀礼サトーティダーでも、ホスト役が参加者をうちわで一生懸命扇いだりする場面をよく見ます。
こちらはシュエダゴンパゴダに安置してある大仏ですが、頭の上部に大きな幕が吊ってあるのが見えるでしょうか?
ここから下へ垂れ下がる紐を上下に引っ張ることで仏像に風を送れる装置で、功徳を積みたい参拝者がいつも列を成して引っ張っています。ちょっとわかりにくいですが、下の写真で紫の服を着た女性が、ちょうど仰いでいます。
また、1年で一番暑い5月には、お釈迦様が悟りを開いた菩提樹の樹に水をかけまくる「菩提樹水かけ祭り」なんていう行事もあります。
さほどミャンマー人にとって、他者を涼しくするというのは重要な功徳のうちのひとつなのです。
経済発展で変わりゆくカラーリング
ここからは私の勝手な想像ですが、人々が家の壁や塀をエメラルドグリーンやそれに近い淡い色に塗るのは、通りかかる見ず知らずの人たちに視覚で涼しさを届けようとしているのではないでしょうか。
しかし、経済開放が進み、安価なプラスチック製品の流入が加速することで、パステルカラーを多用する街のカラーリングも変わってきているように感じます。
以前は、エメラルドグリーンに塗った木の椅子やテーブルを使っていた大衆喫茶店が、赤や青のプラスチック製の椅子やテーブルに変えたり、熾烈な顧客獲得競争を繰り広げる携帯電話各社がより目立つよう、原色をシンボルカラーにした街頭広告を街中に打つことで、景観は大きく変わりつつあります。
最初に、国旗のカラーリングはあまり受け入れられていないと書きましたが、制定から10年近くがたち、国民も新国旗に馴染んできました。また、国民の信任厚いNLD政権も軍部との軋轢を避けるためか、国旗についての言及を棚上げしている状態です。そのせいか、最近は建造物の塗装などに国旗の3色をあしらってある場面を目にするようになってきました。
しかし、上座部仏教の影響が強いうちはまだまだ、エメラルドグリーンを中心としたパステルな色合いの風景が残るのではないかと予測しています。
……というか、そう信じたい。
ミャンマーのエメラルドグリーンよ、どうぞ永遠に!
*
編集:ネルソン水嶋
- ※当サイトのコンテンツ(テキスト、画像、その他のデータ)の無断転載・無断使用を固く禁じます。また、まとめサイトなどへの引用も厳禁です。
- ※記事は現地事情に精通したライターが制作しておりますが、その国・地域の、すべての文化の紹介を保証するものではありません。
この記事を書いた人
板坂 真季
ガイドブックや雑誌、書籍、現地日本語情報誌などの制作にかかわってウン十年の編集ライター&取材コーディネーター。西アフリカ、中国、ベトナムと流れ流れて、2014年1月よりヤンゴン在住。エンゲル係数は恐ろしく高いが服は破れていても平気。主な実績:『るるぶ』(ミャンマー、ベトナム)、『最強アジア暮らし』、『現地在住日本人ライターが案内するはじめてのミャンマー』など。Facebookはこちら。