コーヒーの味から学ぶ世界史!大阪下町の純喫茶で聞く

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エチオピア産コーヒーの味が紅茶に似ている理由

西峯さん

エチオピア産のコーヒーは紅茶のような味がするんです

水嶋

あ、ほんとだ! なんでですか?

エチオピア産のコーヒー豆

西峯さん

『ボストン茶会事件』って知ってます? 簡単に言えば、イギリスが植民地時代下のアメリカへ輸入しようとした紅茶が、厳しい税法の反対派によってボストン港に棄てられた事件で、それをきっかけにコーヒーが紅茶の代替品として広く飲まれるようになったんです。だから当時栽培されていた原産国であるエチオピアのコーヒーは、紅茶に似ているんです

そんなコーヒーの逸話を教えてくれた人物は、大阪・天王寺の、1974年創業(執筆時点で45周年)になる純喫茶『ルプラ』店長の西峯(にしみね)さん。

私と地元も世代も近く、おもしろい活動をしている(後述)と思って個人的な興味が湧いてコンタクトをとって会ってみた。すると、コーヒーを軸に世界の話がぞくぞくと飛び出すではないか。これはおもしろい!と思って、急遽、取材させていただくことになったのです。

大阪の中心部にありながら、閑静な住宅街にある『喫茶ルプラ』。左が焙煎所で右が喫茶店。

痺れるほど渋い店内、いるだけでリラックスできそう……。

 

“コーヒー・ロード”をたどると歴史が見える

水嶋

エチオピアってよくコーヒーの国と聞いてましたが、そもそも原産国なんですね

西峯さん

そうなんです。それからコーヒーがさまざまな場所で市民権を獲得して、世界各地で品種改良が重ねられて現在につながります

水嶋

ここで飲むエチオピア・コーヒーの味が、20年以上前に教科書から学んだこととつながってくるとは思いもしませんでした!

右が後述の黄金のコーヒー、色味がまるで違う。

西峯さん

それでいうとこの話もヒストリック。17世紀頃、インドのコーヒーはヨーロッパでは『黄金のコーヒー』と呼ばれて高級品として扱われていました。黄金と見るかは人それぞれですが、それを再現しているものがこの豆で、確かに黄色がかっています

水嶋

ほ~、ほんとだ。黄金といえば黄金

西峯さん

これ、わざわざ収穫後にモンスーン(季節風)をあてたり手間をかけてこうしています

水嶋

えっ、すると美味しくなるんですか?

西峯さん

いえ、その逆。後味が苦くて、現代の評価でいえば良いとは言えません

水嶋

なぜ!? 確かに、焙煎してから古くなった味って感じがしますけど……

西峯さん

当時、インドからイギリスへの貿易ルートはアフリカ大陸を大回りするしかなかった。そのため2~3ヶ月かけて運んでいたのですが、すると必然的にモンスーンを受けながら天日干しされた状態になるので、到着する頃にはこの色になっていたんですね

水嶋

ふむふむ

西峯さん

しかし、船は帆船から蒸気船へと変わり、スエズ運河も開通したことで、航海日数は大幅に短縮されたことにより黄金のコーヒーは歴史から姿を消した。それが今「オリエンタルでミステリーでノスタルジー」と謳われ、逆に価値が生まれて再現されているという訳です

水嶋

おもしろい! この苦い後味は「大航海時代の味」ってことなんだ

西峯さんの口からコーヒーのトリビアが無尽蔵に語られる

 

ルプラ二代目店長西峯さんの”寄り添う”コーヒー

ここで歴史や世界からいったん離れて、西峯さんの話を聞いてみたい。そもそも興味を持ったきっかけは、発信している情報から「只者じゃない」と思ったからだ。活動内容が、お店でコーヒーを淹れるばかりでなく、焙煎や淹れ方について出張教室をしていたり、リヤカーを引っ張ってフリーマーケットで出張カフェを行っていると、かなりユニーク。

焙煎教室の様子

出張カフェが話題になり、地元のテレビ番組で取り上げられたことも。

そして、『純喫茶ルプラ』は創業してからそろそろ半世紀。しかし西峯さんは36歳とお店よりも年が若い。ということは、自分ではじめたお店ではないことに違いない。

西峯さん

僕は二代目で、2011年、ちょうど東日本大震災の一週間後くらいに父が亡くなり家業を継いだんです

水嶋

なるほど……。では、それまではルプラで働かれていたんですか?

西峯さん

いえ、とある結婚式場で副料理長をしていて、「いつかは継ぐのかなー」とゆるく思っていたんですが、急なことだったのでそうせざるを得ない状況になり。ただ、料理は問題なくてもコーヒーのことが分からない。そこで勉強しようと思って、大手カフェチェーンやメーカーもふくめてセミナーを見て回ったんですが、各所言うことがバラバラなんですね

水嶋

バラバラ

料理人時代の写真をお願いしたら、「手とソーセージが写っているものならありました」とのこと。

なにしろ元副料理長。今回のメインテーマはコーヒーだが、料理も絶品!(今度食べよう)

西峯さん

たとえば料理だとどのジャンルでも基本的なことは同じなんです。「生臭くならないようにあらかじめ熱した鍋に入れましょう」、みたく。ただコーヒーについては、「挽きたてがいい」とか「2~3ヶ月熟成させてから」とか……それぞれの主張がバラバラで。そもそも、コーヒーって挽目を1メモリずらしただけで味が変わる。でも、そういったことはセミナーでは教えられず、どこも「こういう(決まった)やり方でいいんだ」という感じでした

水嶋

なんでだろう、理由は想像つきます?

西峯さん

今だから分かるのですが、「教えづらい」からだと思います。味を変えることは簡単だけど、条件が絡み合う。濃くするだけでも、挽目を細かく、湯温を高く、抽出時間を長く、といったように。それでまた水質によっても変わったりするので。そういうことを分かっていく中で、「もっと飲む相手の好みに合わせた……つまり”寄り添った淹れ方”があるのでは?」と思うようになりましたね

それから奈良最古のカフェの店主と仲良くなり、姿勢や考え方を学んだという。この焙煎機はその方を通じて譲ってもらったという国内で五台しかないという90年モノの焙煎機。

コーヒー屋としての西峯さんの原体験を聞いているうちに、こだわりの一端が分かった気がした。話によると、コーヒーの世界では「あの人が淹れたから美味しいのだ」という職人的ともアーティスト的ともいえる意識が強く、「バリスタの大会で優勝して名を上げたら焙煎作業に集中したり焙煎機の開発に携わる」というキャリアパスを思い描く人も多いらしい

コーヒー豆から発生する炭酸ガスが充満しており、フタを開けるとポンッと小気味よい音が鳴る。

そんな背景もあってコーヒーの淹れ方については門外不出のブラックボックス化していることもあり、教え合うことは少ない(むしろデータを読み込めばその設定で作動する焙煎機もあり、それが売買されている)。一方でレシピ本が数多く出ていて「教え合う」ということが当たり前の料理人の世界から来た西峯さんにとっては、その文化が衝撃的だったようだ。

お湯が注がれると……

まるで生き物のようにコポコポと音を立てながら泡立つコーヒー

もちろん、コーヒーに関わる人にもあらゆる人がいて、考え方もさまざまであることは言うまでもない。が、西峯さんは、「これだけ多くの要素によって味が変わるのなら、相手の味覚や状況によって好みの味を探る、つまり”寄り添う”淹れ方を常に意識している」という。

 

コーヒーの嗜み方と付き合い方から見る世界

訪日観光客が増えた昨今、口コミサイトでも高評価ということもあって、純喫茶ルプラにはいろんな国籍の人がやってくる。中には、韓国人観光客のコーヒーをテーマとしたツアーに組み込まれていたこともあるらしい。また、焙煎教室をやっていることもあり、「自分もカフェを開きたい」という人の相談に乗ることも多く、ちょうど今は「済州島(朝鮮半島南西にある火山島、リゾートとしても知られる)で開きたい」という韓国人の方もいるという。

これだけで韓国にコーヒーブームが起こっているということがよく分かる。

水嶋

国によってコーヒーの好みに違いってあったりしますか?

西峯さん

ありますね、たとえば香港の方は薄味が好みです。以前来られたお客さんに、それを知っていたので狙って薄く出しても「まだ濃い」という感じで四回淹れたことがあります

水嶋

四回も!(笑)

西峯さん

口コミサイトで「四回も淹れてくれたいい店だ」って評価してくれたみたいです(笑)

水嶋

紛れもなくいい店。ほかの国にも、好みの味覚、また飲み方の特徴ってありますか?

西峯さん

ありますよ!

 

韓国は味が濃くてアレンジ好き

西峯さん

まず韓国では、もともとの食文化の影響を受けてかコーヒーも濃いものが好まれますね

水嶋

先日旅行に行ったんですが、料理は確かにどれも濃かったです

西峯さん

あとはとにかくアレンジが好き、そこにかけては異様といえるほどの興味を持ってる

水嶋

たとえばどんなものが?

西峯さん

今は廃れているかもしれないですが、たとえばロックグラスに濃いめのコーヒーとかちわり氷を入れて、ウィスキーのように時間をかけてちびちびと飲むとか。あと、コーヒーの上に綿あめを浮かせて、湯気で溶かして砂糖を落としていくというスタイルもありますね

水嶋

あ! それベトナムで見たことがあって、調べると元ネタは韓国だったことがあります

西峯さん

コーヒーについては伝統に沿うというより新しいものをつくっていく傾向がありますね

これは昔ベトナムで飲んだものだが、元ネタは韓国のわたあめコーヒー。

 

インドネシアのおしゃべり文化とちびちびコーヒー

西峯さん

インドネシア(スマトラ島周辺)では、ホットコーヒーを注いだコップの上に皿を置いてえいっとひっくり返し、その縁から漏れ出てくるものをストローで飲むというスタイルがあります。これによって冷めずに長い時間をかけて飲めるそうです

水嶋

変化球!……あ~でも、以前インドネシアに住まれている武部さんが書かれた記事で、「ノンクロン文化」というものを知って。直訳すると「しゃがむ」なんですが、要は座り込んでおしゃべりするってことで、「インドネシア人なら行きつけのノンクロン場所がある」んですって。もしかしたらそのコーヒーの飲み方と関係しているのかもしれないですねぇ

このようにひっくり返すという

https://traveloco.jp/kaigaizine/takebe-yoko-in-indonesia_2

ノンクロン文化について知りたい方は上記記事をお読みください。

 

フィンランドは天才が決定づけた味に沿う

西峯さん

フィンランドをはじめとした北欧圏では、酸味がありあまり焼いていないコーヒーが好まれます。原理主義とまで言わないまでも、「それこそがコーヒーのオリジナルだろう」と思っている傾向があるようです

水嶋

それはなぜに??

西峯さん

というのも、焙煎師の世界大会で最年少チャンプを輩出しているんですね。そんな彼のフォロワーがたくさんいて、「そこから逸脱するとよくない」という意識が根強くあります

水嶋

なるほど、ひとりの天才の功績が、国民性のレベルで好みを決定づけたって感じですね

ちなみにフィンランドでは一日4~5杯という世界トップクラスでコーヒーが飲まれる国で、その理由のひとつには「あまり社交的ではないから会話のツールとしてコーヒーを飲む」という話もあるようです(参考)。まさしく飲み方に国民性があらわれている……。

 

ベトナムコーヒーはフランス文化と流通規制

また、ベトナムでは、おおざっぱに分けると北部はお茶で南部はコーヒーと地域色があり、これはかつてフランスの支配下にあったことに加え、その独立のあとに南部は資本主義国家としてアメリカの影響を強く受けつづけたということも関係しているのかもしれません。

そして、いわゆるベトナムコーヒーは苦味が強いロブスタ種に練乳を入れるスタイルが定番ですが、「配給時代で流通が規制されており生乳の入手がむずかしかったため、保存の効く練乳が使われるようになった」という話をベトナム人の友人から聞いたこともあります。

安易な表現で申し訳ないけど……かっけぇ。

 

韓国の味覚がスペシャルティコーヒーを牽引?

最後に、よく聞くようになったサードウェイブについて西峯さんから興味深い話が聞けた。

西峯さん

サードウェイブって、「世界的な味の評価基準をつくった」というところに意義があると考えているんですね

水嶋

え、そういうものだったんですか? 素材を活かすという話だと思ってましたが……

西峯さん

もちろんそれもあるし、ブルーボトルコーヒーのような雰囲気のカフェが増えるムーブメントにもつながってくる話ですが、背景にあるものは「きちんと味で評価しましょう」という、スペシャルティコーヒーと呼ばれる世界共通の評価基準ができたことがあります

水嶋

ということは、それまでは味が評価されていなかったということ??

西峯さん

それが国によってバラバラで、「豆の大きさ」とか「標高の高さ」とか。ちなみに、日本では香りを気にしますが、ほかの国では酸味(acidity)とカップのきれいさ(clean cup)が最優先事項で香りには重きを置いていないんですよ

水嶋

へーーー、コーヒーの宣伝文句でも薫り高いってよく聞く割に!

西峯さん

また近年では韓国でコーヒーブームが起こっていて(参考)、そのスペシャルティコーヒーを評価する資格保有者がいるのですが、6人に1人が韓国人という状況になっています

水嶋

おぉ、サードウェイブにコリアンウェイブ……

西峯さん

そうすると、お話しした「味の濃いものが評価される」という、韓国の味覚にどうしても寄ってくるものです。もしかしたら今後は良いコーヒー、つまりは高値がつくコーヒーの基準が、「味が濃くて強いもの」に変わってくるかもしれませんね

カッピング(ワインでいうテイスティング)の評価表

 

コーヒーは世界を知るフォーマット

そんな、コーヒーと世界のお話でした。

最後に少し話に出たように、日本では「香り高い」ことが良いコーヒーの条件ともされていましたが、それが実は日本の中だけの話だったとは衝撃でした。その国や地域で良いとされる基準から、歴史が分かり、世界各地の味覚や文化までも見えてくる。全世界で親しまれている嗜好品というフォーマットだからこそ、価値観の違いが見えてくるのかもしれません。

最後には一世紀近い焙煎機で焙煎する様子を見せてもらいました!

 

取材協力

喫茶ルプラ|Lupra’s Roasting Factory & café(ホームページ
住所:〒543-0028 大阪府大阪市天王寺区小橋町8番15号
営業時間:8:00~18:00(日曜定休)
電話番号:0667626784
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この記事を書いた人

ネルソン水嶋

ネルソン水嶋

ブロガー、ライター、編集者。2011年のベトナム移住をきっかけにはじめた現地生活を綴るブログ『べとまる』から『ライブドアブログ奨学金』『デイリーポータルZ新人賞』などを受賞を契機に、ライターに。2017年11月の立ち上げから2019年12月末まで、海外ZINEの編集長を務める。/べとまるTwitterFacebooknote

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