ミャンマーの動物たちは態度がデカイ? 背景に来世を願い餌やりに励む仏教徒

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※本記事は特集『海外の動物』、ミャンマーからお送りします。

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人気アトラクションは「動物の餌やり」

ミャンマー人は動物に餌をやるのが大好きです。

朝、住宅街を売り歩く稲束売りからひと房買うと、雀のために軒先の木に吊るします。

出勤途中、路上で乾燥ウモロコシを買い、あたりの鳩たちへ。

鯉がいる池の近くにはたいてい、麩(ふ)やポップコーンといった魚の餌を売る屋台が。

野生の猿がいる山には猿用ピーナッツ売りが、野良猫の多い下町には猫の餌売りがと、ともかく動物がいるところにはかならず餌屋台があると言っても過言ではないほどです。

極め付きは動物園。カバの檻の前では葉物野菜を売り、観客が餌をやりやすいようカバとの距離はかなり近め。みんな餌をやりながらカバの頭を撫でています。安全対策はどうなっているのでしょうか。

象の檻の前でも餌用サトウキビを販売。

ちなみにこのサトウキビは1皿1000チャット(約80円)ですが、あらかじめもっと安いサトウキビを大量買いしてきて思う存分餌やりをしている人もいます。象が1日に食べる分量を動物園は管理しているはずですが、これでは食べ過ぎてしまいます。象の健康管理もどうなっているのやら。

こちらは孤児象の授乳。ミャンマーに複数個所ある、象だけを集めて訪問客に「乗象」などを楽しませるエレファントキャンプでの人気プログラムです。

さらに東南アジアによくあるワニ園。これもたとえばベトナムなどでは、鶏の生肉をつけた釣竿をワニの鼻先で上下させてワニと戯れる「ワニ釣り」なんてアトラクションが人気ですが、ミャンマーではただ餌をやるだけ。

かようにミャンマーでは、「動物に餌をやる」ということ自体が人気のアトラクションなのです。

 

餌をやればやるほど来世がよくなる!

なぜミャンマー人はこれほどまでに、動物に餌をやるのが好きなのでしょうか。

ミャンマー人の9割近くが篤く信仰する上座部仏教では、信徒ひとりひとりが現世で積んだ功徳の量で来世が決まると説いています。功徳は僧院やパゴダ(仏塔)への寄付や、托鉢の僧侶への食べ物の寄進などで積めますが、弱者を助けることでも積めます。だから人よりも弱者である動物への餌やりにせっせと励むのです。

とりわけ、街の弱者ともいえる野良犬や野良猫には熱心に餌をやります。ミャンマー人が大好きな占いでも、凶事を避けるための方策として野良犬や野良猫への餌やりを推奨されることがよくあります。こうして、肥え太った犬や猫たちが街中で惰眠をむさぼる光景がミャンマー全土に広がることになるです。

筆者はミャンマーに移る前はベトナムのハノイに住んでいました。ベトナム北部には犬食・猫食文化があり、野良犬や野良猫は犬狩りや猫狩りに遭うこともしばしばあるせいか、どうにも人と野良たちとの関係は殺伐としていました。それに比べればミャンマーの動物たちはのんびりして人馴れしており、夜半を除けば吠え掛かられることはめったにありません。そりゃそうでしょう。基本的に「人間=餌をくれる人」なのですから。

 

トラックの荷台いっぱいの餌を毎日ばらまく人も

犬や猫への餌やりを定期的にやる人たちも少なからずいます。

こちらはあるパゴダの参道にある土産物屋さん。毎日正午前に猫へ餌をやっているので、昼近くなると近隣の野良猫たちが集まってきます。念のために書き添えますが、彼女は別にこの猫たちを飼っているわけではありません。

また毎朝、前日の残飯をトラックの荷台いっぱいに積んで、決まったルート上にばらまく食堂もあります。

ある通りでは6時半頃にこのトラックが通るのですが、5時半くらいになると周囲一帯から野良犬たちが大集合。同じ型のトラックがやってくるたびに沿道の犬がいっせいに首を上げ、その方向を見つめてソワソワする様子はなかなかの見ものです。
この残飯トラックが野良犬たちに特に人気(?)なのは、残飯に肉が混じっているから。それにしてもこのお店の人、相当功徳を積めているはず。来世は大変なお金持ちになるやもしれません。

 

実に態度がデカイ野良たち

このような犬猫天国ともいえる状況ですから、彼らの態度も自然とデカくなります。

人通りどころか車通りの多い道でも真ん中にデンと寝転がり、クラクションでやっとどく犬。

食堂の中まで入ってきて、「よこせ」とばかりに客の隣にお座りする犬。

食堂のテーブルの上まで上がってきてお裾分けをねだる猫。

路駐の車のボンネットの上で寛ぐ野良犬なんて、私はミャンマー以外で見たことがありません。

 

とはいえ狂犬病問題は深刻

ここまでならいい話ですが、これだけ野良犬が多いと深刻になるのが狂犬病。現在、ヤンゴンの野犬の数は10万匹とも12万匹ともいわれ、いくら人馴れしていても噛むことはありますし、甘噛みでも傷がつけば狂犬病は感染します。ヤンゴン総合病院だけで、昨年1年間に41名の狂犬病患者が運ばれてきたそうです。

実はヤンゴン市は1922年に制定した法律にのっとり、定期的に毒団子を街に撒いて野犬を駆除してきました。この職務に就く市役所職員が苦悩を語った記事が新聞に出たこともあります。それはそうでしょう。みんなが野良犬に餌をやって功徳を積んでいるなか、自分は職務とはいえ大量の犬を殺さなくてはならないのですから。

ヤンゴン市はこの駆除について長く、動物愛好家や団体から批判を受けてきました。2016年には、とりあえず3年間、駆除を中止して去勢や狂犬病ワクチン接種を推進してみる方針を打ち出したものの最近の新聞報道を見る限り、駆除を停止できているのは一部地域に過ぎないようです。

人懐っこい野良犬や野良猫たちには心癒されますが、その裏で多くの命が狂犬病で失われているのもまた事実。動物に餌をやるという行為がここまで浸透してしまっているなか、落としどころはどこにあるのか。ミャンマー行政の苦悩と模索はまだまだ続きそうです。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

板坂 真季

板坂 真季

ガイドブックや雑誌、書籍、現地日本語情報誌などの制作にかかわってウン十年の編集ライター&取材コーディネーター。西アフリカ、中国、ベトナムと流れ流れて、2014年1月よりヤンゴン在住。エンゲル係数は恐ろしく高いが服は破れていても平気。主な実績:『るるぶ』(ミャンマー、ベトナム)、『最強アジア暮らし』、『現地在住日本人ライターが案内するはじめてのミャンマー』など。Facebookはこちら

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