2018.05.17

化石大国アルゼンチンの「恐竜の街」へ! 世界が驚いた地元民の世紀の発見

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アルゼンチンを代表する動物は……「恐竜」!? 植物が少なく乾燥している地域が多いアルゼンチンでは、化石が露出しやすく発掘されやすいのだとか。そんな場所で、考古学史の大発見、史上最大級の肉食恐竜も発見されました。世界一犬を飼うというアルゼンチンにおける、犬との絆の深さについてもレポート。現地在住のライター、奥川駿平さんにご紹介いただきます。

 

世界に衝撃、アマチュア化石ハンターによる世紀の大発見

こんにちは、奥川です。僕は今、アルゼンチン最大の人工湖チョコン・ダムで嫁とバギーに乗っています。チョコンに来た理由、それは史上最大の肉食恐竜を探すため。チョコンは「恐竜の町」として知られ、世界中から観光客や学者が訪れる町なのです。

「恐竜の町」と聞くと色々な想像が掻き立てられますが、どういうことか答えは後ほど。

チョコンは僕の住むネウケン州に位置します。州都から車を走らせること約90分、チョコンに近づいていることを証明するサインが見えてきました。

「恐竜に注意」と書かれた看板の登場! 期待が高まります。

ネウケン州は「恐竜の谷」や「恐竜の墓場」と呼ばれるほど、数多くの化石が発見されています。その数は、なんと約30ともいわれるほど。早速さきほどの答えですが、「恐竜の町」とはつまり、世界最大級の化石採掘地ということだったのです!

博物館にある人物の像、彼の正体とは?

アルゼンチン国内で初めて恐竜の化石が見つかったのは1882年のこと。発見場所はネウケン州の近くでした。それ以来、この地区を中心に化石が発掘され、1993年には世界を激震させる大発見がチョコンで起きるのです。なんと、それまで史上最大とされていたティラノサウルスよりも大きい肉食恐竜の化石を発見。その発掘された化石は今、現地の博物館に展示されているとのこと。

博物館の名前は”Museo Paleontológico Municipal Ernesto Bachmann”。博物館は1894年にスイスで生まれたErnesto Bachmannの功績に敬意を払って名づけられました。彼は独学で人類学と古生物学を学び、ここチョコンで数々の功績を残したそうです。

お茶目な恐竜の足跡をたどると、

博物館の本館が登場。

「ガオー!」と恐竜と一緒に記念撮影する嫁。

入館前から恐竜尽くしでテンションが上がります。

入園すると、さっそく主役の登場です。これこそが1993年に発見された、ティラノサウルスよりも大きいとされる、史上最大の肉食恐竜・ギガノトサウルス「カロリーニイ」の化石。砂の床に置かれた化石は大きすぎで、全身を写真に収めきれません。なお、ギガノトサウルスは種別名ですが、カロリーニイはニックネーム。その由来はのちほど。

ギガノトサウルスの顔の復元。

約9,800万年前に生息したギガノトサウルスは全長12.5m(頭部だけで約2m)、体重9トン以上の規格外のサイズの持ち主。なんと化石として体の約80%に及ぶ大部分が発見されています。

こちらは歯の化石、この鋭い歯で獲物を噛みちぎっていたのでしょう。

ギガノトサウルスの化石を発見した人物は、すでに登場した像のモデルでもある、趣味で化石採掘を楽しんでいたカロリーニイさん。彼の功績を称え、ギガノトサウルス・カロリーニイという名がつけられたのです。

この世紀の発見によって彼は一躍、時の人となりました。化石発見から1~3年後に生まれた嫁や友人たちも、名前を知るほど。アルゼンチンの新聞社クラリンが発行する雑誌”Viva”の表紙にも彼はなったので、30歳代以降と限定するのならば、アルゼンチン全土で高い知名度を誇っています。しかしブエノスアイレスなど他の州に住む若い世代が、彼のことを知っているかどうかは不明。

 

9,800年前の南米王者ギガノトサウルス、その驚異のスペック

2つ目の部屋に入ると、巨大なギガノトサウルスの化石のレプリカが、まるで獲物を捕獲するかのように待ち受けていました。

ここで突然ですが、ギガノトサウルスの強さを説明するため、同行した家族にクイズを出してみましょう。科学技術の発展によりギガノトサウルスを復元したけど、恐竜たちが暴走し始めた世界にいると仮定します。簡単に言えば、あの有名映画の世界です。

 

奥川

ギガノトサウルスが暴走しました。あなたならどうしますか?


嫁

とりあえず死んだふりするわ

奥川

死んだふり? どうして?


嫁

恐竜は私のこと見えないからよ

奥川

なるほど、ジ・エンド

 

確かにギガノトサウルスにとって、人間はちっぽけな存在。しかし嗅覚で人間を認知できる可能性は高くあります。ギガノトサウルスの脳はバナナ型。大きな頭の割に脳は少しばかり小さいですが、嗅覚をつかさどる部分が大きかったそうです。つまり、ギガノトサウルスの嗅覚は優れていたということ。少しばかり考えが浅かった嫁、脱落。

 

義母

私なら大きな恐竜の背中に乗るわね

僕

悪くはないけど、ジ・エンド

 

アルゼンチノサウルスのイメージ図(©Nobu Tamura)

義母の言うように、史上最大級の恐竜アルゼンチノサウルスの背中に運良く避難できたとしましょう。この恐竜は草食なので人間を食べません。さらに全長約45mもあり、体格ではギガノトサウルスを圧勝しています。しかし、義母もここで脱落。

2006年、ギガノトサウルスが属するカルカロドンサウルス科の化石が同じ場所で7つも見つかっています。このことから、学者たちはギガノトサウルスが群れで行動していたと推測しています。さらに2014年、カルカロドンサウルス科の歯の化石にアルゼンチノサウルスを食べた痕跡が見られました。ギガノトサウルスは群れで大型恐竜を襲っていた可能性が極めて高くあり、仮に大型恐竜の背中に避難できても助かる確率は低いです。

のちほど紹介するチョコン・ダムでバギーを運転する義父。

 

義父

俺なら、自慢の四輪バギーで逃げるね

僕

おおー! 40㎞以上出せる?

義父

余裕

僕

正解!

 

巨体からは想像できませんが、ギガノトサウルスが走るときの時速は約40km。存在に気づかれた時点で逃げ切るのは難しいでしょうが、バイクや車なら別なので、義父のアイデアはいいと思います。映画の主人公もバイクを使ってたんで、まあ義父は生き残るでしょう。

つまり何が言いたいかと言うと、ギガノトサウルスは、パワー・スピード・知性を兼ね備えた、まさに南米大陸の王者だったのです

 

なぜチョコン(ネウケン州)で多くの化石が発掘されたのか?

おそらく日本人初の快挙となるネウケンサウルスの模型とセルフィー。

現在こそネウケン州は砂漠のような乾燥地帯ですが、恐竜が生きた時代は、温かく湿度のある亜熱帯気候でした。同時代を生きたワニや亀、カエルの化石が発掘されていることからも、川や湖があったと推測され、発見された恐竜にとって住みやすい場所だったようです。

緑の少ない大地がどこまでも続く、ネウケン州の風景。

また、ネウケン州で数多くの化石が発掘される理由は、現在の乾燥した気候にあるのかもしれません。植物の少ない砂漠や乾燥地域では、恐竜が生きた時代の地層の露出が豊富にあります。広大な土地と乾燥した環境のおかげで、数多くの恐竜の化石が発見されているのでしょう。

1985年に発掘されたカルノタウルスは体長9m、体重4トンと推測されている恐竜。頭部に牛の角のような突起が2つあることから、「肉食の雄牛」と言われます。入館前に嫁が記念撮影した恐竜の模型はカルノタウルスでした。嫁曰く、短すぎる前足が愛おしいそうです。

改めてカルノタウルスの短すぎる前足に注目してみてください。迫力ある顔とのギャップがあって可愛いですよね。

博物館は1人30アルゼンチンペソ、日本円にすると約160円で入館できます。金額からするとありえないほど充実した内容なので、チョコンに来たらぜひ博物館に訪れてみてください。入口周辺には恐竜に関するお土産屋さんもあるので、恐竜グッズを購入するのもお忘れなく!

 

アルゼンチンの発展を陰から支えた人工湖チョコン・ダム

実は博物館を訪れる前、アルゼンチン最大の人工湖チョコン・ダムへと訪れました。現地の人々がチョコンに訪れる目的はそのほとんどが、恐竜ではなくダムなのです。ダムは発電所でもあり、1967年の創立以来、アルゼンチン全土にエネルギーを供給し続けており「アルゼンチン発展の陰にはチョコンあり」とまで言われるほど。

その周辺の眺めは雄大としか言いようがありません。太陽の光が当たると黒く見える湖と草原、放牧された馬たちを眺めながら、ビールを飲み、伝統料理アサード(BBQ)を作るのが定番の過ごし方。

普段はクールな嫁もチョコン・ダムに来たら、このはしゃぎよう。

自然の歴史を感じる風化した岩。

観光客がここに来る目的はやはり恐竜。しかし人々はその恐竜を発見する前に、雄大な自然を残した美しきダムを発見するのです。ダムでは釣りやキャンピング、ツーリングなどのあらゆるアウトドア活動を楽しめます。恐竜が目的であっても、まずはチョコン・ダムで自然を満喫するのが、アルゼンチン人流。

 

恐竜だけじゃない、アルゼンチン人の犬の飼育率は世界一!

「動物」というテーマで太古の恐竜をお伝えしましたが、現代に生きる動物にもアルゼンチンを代表するものはいます。最後にそちらを紹介して終わりにしましょう。それがこちら。

我が家の愛犬ボビー。

犬! 2015年、ドイツのマーケティングリサーチ企業GfKが世界22か国27,000名を対象にペットに関する調査を実施。結果、アルゼンチンの犬の飼育率は66%で第1位に輝いたのです。なお、2位はメキシコの64%、日本については17%でした。アルゼンチン人は猫派よりも断然犬派。一世帯当たり2~3匹の犬を飼うのは当たり前で、義父母は現在4匹飼っています。

義父の家を訪問したときのGIF。手を叩くと犬が勢いよく飛び出してきます。

他の州では分かりませんが、ネウケン州では犬が家の呼び鈴代わり。チャイム付きの家は少ないので、訪問者は手をパン・パン・パンと叩くと犬が吠え始め、家主も訪問者に気づくというわけです。

義父母のお気に入り「ロミー」。一番小さいということもあり、ロミーには優先的にアサード(BBQ)が与えられます。

アルゼンチンでの面白い点が自身の愛犬を「犬」と呼ぶ人が多いこと。義父母は飼っている4匹のうち2匹を「犬」、太っている犬は「ゴルド(でぶ)」と呼び、お気に入りの犬だけ名前で呼びます。一部では、「イーホ(息子)」や「ミアモール(恋人や家族に使う呼び方)」と呼ぶ方もいます。

しかし、愛犬家が多いアルゼンチンですが、それだけに悩ましい問題もあるのです。1つ目は、犬の散歩中に糞をそのままにする方が多いため道路が汚いこと。アルゼンチンに訪れた際には、足元に気をつけてください。

大きな野良犬が歩いていることも。

2つ目が、野良犬の多さ。愛犬家が多い一方で、世話ができずに捨ててしまう方が少なからずいます。そのためアルゼンチンの街を歩けば、必ずと言ってもいいほど野良犬に遭遇します。

全ての責任は人間にあり、野良犬には責任は一切ありません。そのことを十分に理解した心優しいアルゼンチン人は野良犬のために働きかけます。僕の嫁もその一人。彼女は野良犬のために、段ボール箱とプラスチック袋を使用して家を作りました。その段ボールハウスは多くの人々の目に留まり、野良犬のために段ボールハウスを作る運動が起きたのです。

段ボールハウスを作るひとびとの様子。

嫁は目立つのが嫌なので運動にこそ参加しませんでしたが、多くの方が家を作ったり、野良犬のために服を買ったりしました。しかし「近所に野良犬が住みつくのは危険だ」という声も少なからずあったり、恐怖心から人間に対して激しく吠える犬もいたそうで、自然と段ボールハウス作りはなくなりました。

幼少期の嫁と18年も生きた犬「ハスミン」。両者が深い関係を築いていたのは言うまでもありません。

捨てられて野良犬化する問題もありますが、それでもアルゼンチン人は圧倒的に愛犬家の割合が多いです。いくつかの州では、個人で花火の打ち上げを禁止していますが、その理由の一つは「犬がびっくりして逃げ出してしまうから」とわれるほど

またFacebook上には、Perros Perdidos(迷子の犬)という2万6千人以上のメンバーがいるグループがあります。ここでは迷子の犬に関する情報が集まり、犬が迷子になったときにここに捜索願を出すと見つかると言われるほどの規模です

以前、義父母の家に泥棒が入ったことがあり、家財だけではなく犬も盗んでいたことがありました。嫁は犬だけでも取り返そうと、グループに情報を投稿したところ、目撃情報がすぐに届き、泥棒の家が判明。犬だけではなく盗難品もいっしょに返ってきたというエピソードがあります。アルゼンチンでは犬と人間は家族。幼少期から犬と触れ合うのが当たり前なので、小さな子供たちも自然と犬好きになるのです。

恐竜と犬、それぞれまったく違う「動物」ですが、アルゼンチンではそのどちらも代表するものです。恐竜の大きさと犬の多さをぜひ体験してください。

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この記事を書いた人

奥川 駿平

奥川 駿平

1992年生まれ、福岡県古賀市育ち。アルゼンチン在住歴3年。美人アルゼンチン人嫁と結婚するために、新卒という大きすぎるブランドを捨ててアルゼンチンに移住。毎日マテ茶を飲むほどのマテ茶好きで、同世代で最もマテ茶を消費していると自称。今さらながら、Twitterにドはまりしています。

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